月刊ライフビジョン | 家元登場

『裏切られた革命』

奥井禮喜

―頽 廃―

 読書会では、トロツキー(1879~1940)『裏切られた革命』をだいぶ苦労しながら読み終えた。岩波文庫所蔵だが、大河ドラマどころではない。読み進むにつれて押さえるべき内容がどんどん拡散するようであった。きっかけは、ロシア革命(1917)で世界を思想的に巻き込み、あるいはゴルバチョフ(1931~2022)によって一世風靡した1980年代ペレストロイカ(建て直し)の国が、なんでいまごろ古色蒼然とした侵略戦争を始めたのか、という辺りなのだが、なにしろ素人勉強会なので、研究動機・目的が鋭敏かつ明快でないのは仕方がない。直観では、ロシア革命初期が国として最高峰であり、スターリン(1879~1953)が革命を超陰湿に裏切り、対してフルシチョフ(1894~1971)が登場し、ゴルバチョフのペレストロイカ路線につながった。それがロシアの2番目の峰、そしてプーチンは鉄面皮スターリンを乗り越えてツァーリの帝国主義へと走り出したと見る。

―逆 進―

 歴史の歯車を大逆転させるのも生半可ではない。その意味ではプーチンは巨大な人物になった。ロシアという国は、頑固に保守的である。しかし、大ロシアに向かって進むためにウクライナ戦争を引き起こすのも、NATOの東方拡大への対処というのも、理由として十分とは思えない。かなり無理な飛躍がある。報道で知るプーチンの君臨ぶりは、大統領というよりもツァーリであって、ポンチ絵的に感じられるほどだ。単に独裁者というだけではなく、官僚組織を1人で完璧に掌握し、牛耳っている。ロシア革命指導者レーニン(1870~1924)は、常備軍と警察は権力の暴力行使の道具であり、権力を維持するために存在する官僚機構の象徴である。(権力に対置する)労働者階級が主導権をもった社会においては不要である。つまり、官僚機構を取り除くという理想を語った。それを真っ向反対へ舵を切り、巨大な官僚機構国家をつくったのがスターリンであった。

―糊 塗―

 レーニンは、常備軍廃止をめざし、まず官僚特権を廃止して公務員給与は労働者水準にすることを計画していたが、スターリンは官僚特権をジャンジャン増やした。だから、レーニンの革命に対して、スターリンは反革命を指揮したのであるが、看板は、いかにも社会主義革命でございますというのだから話がややこしくなる。実際、各国の有志・労働者たちはスターリンの分厚いペンキに塗り込められた社会主義なるものに喝采し、労働者の理想郷を思い描いた人々が少なくなかった。トロツキーは『裏切られた革命』序文に、そのようなソ連の友への批判を書いた。彼らは親ロシア革命の士ではあるが、眼前に展開される好ましいドラマに喝采しているだけである。自らの国における資本主義には反逆せずして、ロシア革命に共感する。それでは単なるお囃子連にすぎず、本当に自分の問題としていないから、見るべきものが見えていないという痛切な警鐘であった。

―底 流―

 筆者が社会人なり立ての1960年代には、かなりのロシアファン! がいた。もちろんロシアに行ったことはないし、聞きかじり読みかじり的ファンだったが、それでもかなり熱気が強かった。だからスターリンの権力維持のための大粛清がわかっても、ロシア革命は正しい、レーニンの後継者スターリンが間違うわけがないとして認めない。まさに、トロツキーが指摘した通り、見るべきものを見ず、考えるべきことを考えていなかった。つまり、ロシア革命はツァーリズムの解体までは行ったのだが、革命の本願である「新体制建設」はできなかった。いったい社会主義とはなにか。いまも明快ではない。はっきりしているのは、「人々の連帯・人々の欲求」の調和を基礎とする、階級なき社会という方向性である。そしてプーチンが大事業? をなしたのは、見えない社会意識の底流が、ロシア革命以前のものと変わっていいないことをいみじくも示唆したのであろう。


 奥井禮喜 1976年、三菱電機労組中執時代に日本初の人生設計セミナー開発実践、著作「老後悠々」「労働組合が倒産する」を発表し、人事・労働界で執筆と講演活動を展開。個人の学習活動を支援するライフビジョン学会、ユニオンアカデミーを組織運営。