月刊ライフビジョン | 家元登場

不都合な真実を直視しよう

奥井禮喜

帰ってきたカーボンニュートラル

 パリでCOP21(第21回締約国会議)が開催されたのは2015年11月30日から12月11日であった。大きな期待を集めた気候変動枠組条約京都議定書(1997)から18年経ていた。カーボンニュートラル推進に寄せる期待はおおいに高まっていた。11月13日ににパリで、ISによるテロ、128人が死亡するという大惨事が発生し、COP21に暗雲がかぶさった。最後まで反対して粘ったインドの説得に成功し、会議は1日延長して12日にパリ議定書を採択、関係者の感激はひとしおだった。調印は16年4月22日、11月4日に196か国参加でパリ議定書が発効した。米国大統領に就任したトランプ氏がパリ協定離脱を表明し、米国は20年11月4日に離脱した。21年1月20日、バイデン氏が大統領に就任した当日、パリ協定への復帰を署名し、再び、パリ議定書が脚光を浴びた。気候変動に対して、米国の復帰は極めて大きな意義をもっている。

生命の持続可能性を追い続けて

 ビル・クリントン大統領(在1993~2001)の副大統領アル・ゴア氏は、クリントン後の大統領は逃したが、早くから気候変動対策に取り組んでおり、2007年にはノーベル平和賞を受賞した。氏の足取りをたどると、気候変動のみならず、民主主義のあり方を考える生きたお手本である。大学時代にロジャー・レヴェル教授の授業で、気候変動問題に啓発されて、以降、ライフワークとして取り組んできた。1989年に6歳の息子が交通事故で瀕死の重傷を負ったとき、自分の子どもだけではなく、人間だけではなく、地球上のすべての生き物にとって深刻な環境問題を人生に刻印する。政治家としての政治は面白いが環境問題は深刻だ。大統領選に敗れたのを機に環境活動家として生きることを決断した。「私には人生の計画があった。しかし、人生のほうが別の計画を立てていた」と語る。悩まなかったわけがないだろうが、竹を割ったような方向転換の意思決定である。

地球生命絶滅勢力との闘い

 すでに政治家としての活動中、環境問題に対する人々の無理解が、著しく非科学的であり、学び考えなければ事態を動かせないと、身に染みて知っていた。ノーベル賞後もゴア氏に対する批判は科学をもってせず、悪質な扇動的表現で妨害した。主張の内容とかみ合わせるのではなく、たとえば大反響を博した映画『不都合な真実』について、「ゴアの宣伝は巧妙だ。ナチの宣伝映画が真実でないように」という調子である。トランプ氏は大統領就任前から、「環境問題から米国と市民を守る」「労働者にとって不利益だ」と、意味不明な、しかし、学ぼうとしない人にとっては「好都合な欺瞞」的表現を駆使していた。環境対策が短期的に不都合なのは、米国でも市民でもなく、労働者でもない。巨大な資金を持つ既存のエネルギー業界である。環境問題が科学ではなく、単純な利権的政治問題に堕している。利権が意志であり、真実を考えようという理性の出番がない。

民主主義が育てば生命が繁る

 ゴア氏は、だから環境啓蒙家としての活動を柱にして、米国内だけに限らず世界中でスライドを駆使した学習会を展開してきた。1人のゴアを2人に、2人のゴアを4人に、4人のゴアを16人にする作戦である。学問の自由が、権力と相性が悪いのは誰もが体験的に知っているだろう。たとえば、日本学術会議会員任命拒否問題だ。一見スケールが小さいが、仮装民主主義者はあのような小細工を得意とする。逆にいえば、社会が真実に至るためには民主主義の意識と実践が不可欠である。不都合な真実を認め得る意志は理性的であり、人生・社会・世界において、「何がいちばん大切か」という合理的判断ができなければならない。武器によって平和は生み出せない。武器ではなく、価値判断力を養わねばならない。真実を求めるためには、民主主義を育てねばならない。ゴア氏の学習活動には、怪しい政治家もどきが多い世界を浄化する意義が見える。


奥井禮喜
有限会社ライフビジョン代表取締役 経営労働評論家、OnLineJournalライフビジョン発行人