月刊ライフビジョン | メディア批評

「あきれた発言」まかり通る「情けない報道」

高井潔司

 10月はまたまた政治家や大企業幹部のあきれた発言が問題となった。広範囲にわたり大きな被害をもたらした19号台風について「まずまずに収まった」とコメントした自民党幹事長。総額3億円以上の金品を受領し、一部は使用していたにもかかわらず、「森山氏(金品を送った高浜町の元助役)からさまざまな叱責や罵倒に加え、家族を含めて危害に感じた」と記者会見で言い逃れした関西電力最高幹部。世間では脅された方が金を払うものだ。その金品の出所はどこだ。見返りに入札情報を提供しているではないか。死人に口なしだが、こんな言い逃れを検察は見逃すのだろうか。続いて五輪のマラソン開催地を東京から札幌へ移すという提案に「それなら北方領土でやったらどうか」と発言した都知事。腹立ちまぎれの発言だろうが、意味不明だ。いずれも発言の責任はうやむやにされてしまいそうな成り行きだ。これでメディアの監視機能は十分に果たせているのか、心もとない状況が続いている。

 あきれた発言の中でも、極めつけは、不正な保険販売について取材を申し込んだNHKに対して、その手法が「まるで暴力団と一緒でしょ。殴っておいて、これ以上殴ってほしくないなら(動画)はやめたるわ、俺の言うことを聞けって、バカじゃねぇの」(4日付朝日)と言ってのけた日本郵政の副社長。最初、この記事を読んだ時、何をもって暴力団と言っているのかさっぱりわからず、元総務省の事務次官を務めた人物がなぜこんなそれこそ暴力団まがいの粗暴な発言をするのかと疑問に思った。読売にも同様の発言が掲載されていた。ただし、読売の記事発言はもっと断片的で、何が問題なのか、さっぱりわからない作りになっている。

 事の発端は昨年4月、NHKが「クローズアップ現代+」で、日本郵政の不正な保険販売を報じたこと。NHKはさらに続編の制作を予告し、被害の実態をさらに広く取材するため、フェースブックの動画を通じて情報提供を呼び掛ける一方、日本郵政に取材を申しいれていた。その過程で、日本郵政側はその動画が組織ぐるみの犯罪営業をやっているかの印象を与える内容だと抗議し、取材を拒否してきた。

 それどころか、日本郵政側はこの間のNHKとの再三の抗議とやり取りの中で、番組担当者が「会長は番組に関与しない」と発言したことを取り上げ、NHKに対し、ガバナンス(管理)が不足していると指摘する文書を、件の副社長が「元総務省次官」名で送り届けたという。総務省は放送行政を統括する機関であり、折からNHKは放送のネット配信の認可を申請している最中でもあった。元の肩書とはいえ、それをちらつかせること自体、NHKに対してそれなりの圧力になる。こうしたいきさつから、NHKは番組制作を延期、フェースブック上の動画も大幅に修正した。またNHK経営委員会がNHK会長に対し、「ガバナンス不足」と厳重注意し、会長も郵政側に対し説明が不十分で「誠に遺憾」とする謝罪文を送った。

 こうしたやり取りは全く非公開の中で進められた。この事実をすっぱ抜いたのたのは9月26日付の毎日新聞だった。一面で「NHK報道を巡り 異例『注意』経営委 郵政の抗議受け かんぽ不正続編延期」との見出しで、NHKと郵政のやり取り、NHK内部の処理の過程を明らかにするとともに、「複数の同局関係者は『経営委の厳重注意は個別番組への介入を禁じる放送法に抵触しかねない対応だ』と批判し、『郵政の抗議は取材・制作現場への圧力と感じた』と証言する」として、郵政側の報道に対する圧力を指摘した。

 この事件では、日本社会のいくつかの問題が露呈していると言える。一つは官僚支配の構造である。NHKを暴力団と言ってのけた郵政の副社長。総務省からお目付として天下りしたのではなく、かつての権力を傘に、郵政の不正を追及するNHKに対して、ささいな発言を取りだして、恫喝した。まるで暴力団の用心棒役ではないか。

 問題は、NHKが郵政の抗議を受けて番組の延期などを強いられている間、かんぽ保険の不正販売は続き、9月末に郵政グループが公表した中間報告でも、法令・規定違反が6300件にのぼったことだ。これを組織的犯罪と言わず、何というのか。しかも、郵政の社長(元みずほ銀行常務)は「今となってはNHKの放送の通りであり、深く反省する」と述べているのに、副社長は国会に参考人招致されても、「反省」を口にすることはなかった。まさにこちらの方が「ガバナンス不足」ではないのか。

 もう一点は、NHKの経営体質。経営委員会の委員長、NHK会長とも元官僚ではないが、それに準ずるJRや商社からの天下り組。放送行政を統括する総務省の元事務次官の抗議に縮み上がったのか、放送現場の声も聞かず、事なかれ主義をとって郵政側に陳謝する姿勢を取った。経営委員会委員長はほとんど独断でNHK会長に対する厳重注意処分を決めたと言われる。国会ではその議事録を取っていないと答弁しながら、のちにそのような議事経過があったと委員会のやり取りの一部を公表した。議事経過を記すのを議事録というのだから、議事録はあったのだ。経営委員会こそガバナンス不足ではないのか。

 せっかく毎日が郵政の報道への圧力をすっぱ抜いたのに、NHKは経営委員会、会長の事なかれ主義と彼らの取った処置を正当化するために、郵政の圧力はなかったと繰り返す釈明に追われている。これでは報道機関ではなく官僚組織である。肝腎のNHKが腰砕けでは、そもそもの郵政のかんぽ不正を追及できないだろう。

 さらにもう一つ問題を指摘すると、かんぽ不正報道ではNHK、郵政の圧力報道では毎日がスクープしているため、読売や朝日の報道がいま一つ冴えない。冒頭、暴力団発言で、朝日や読売の報道が断片的で要領を得ないと指摘したが、「後追い報道」には問題意識が感じられない。さすがに毎日は暴力団発言も一面で報道し、副社長と社長の意見の相違を明確にしている。

 読売の一連の報道の見出しを見てみると、「NHK会長抗議影響否定、編集の自由損なわれず」(10月4日付、会長会見)、「番組干渉 改めて否定 NHK経営委員長かんぽ問題議事公表」(同16日付)と、会長、経営委員長の言ったことそのままだ。そう言っているけれど、本当はどうなのか、編集現場はどう考えているのか、本文中に全く言及がない。記者会見の発表を報じるだけで、暴力団発言がメディア全体に向けられた挑戦だという問題意識が感じられない。


高井潔司 メディアウォッチャー

 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授を2019年3月定年退職。