月刊ライフビジョン | 社労士の目から

長時間労働の悲劇は防止できるのか

石山浩一

 長時間労働の弊害解消を趣旨として改正された労働基準法(労基法)が4月から施行されました。時間外労働の上限規制と年次有給休暇付与の義務化等が主な内容となっています。特に時間外労働に関しては、従来は特別条項の締結によって事実上上限規制がなかったが、今回の改正によって厳しく規制されています。しかし、改正後の時間外労働に関する36協定の特別条項は、これまでと違って記載内容がかなり詳細です。そのため厚労省は事業者向けに協定書の「ひな型」を作成し公表したところ、その「ひな型」に対し過労死遺族たちが見直しを求めていると7月18日の朝日新聞が報じています。

限定されている特別条項該当者

 1日8時間、1週40時間が労基法で定められた労働時間ですが、それを超えて時間外労働を可能にするのが36協定です。この協定を締結すれば1日8時間を超え、1か月は45時間限度、年間は360時間を限度に時間外労働をさせることが出来ます。1か月45時間の時間外労働は、毎日約2時間の残業に該当します。さらに特別条項を締結すれば年間6か月以内は1か月100時間まで時間外労働が可能となり、年間720時間の時間外労働を命じることが出来ます。但し、2~6か月の複数月の平均が80時時間を超えた場合は違反となります。こうした基準法で定めた時間外労働に違反した場合は30万円以下の罰金が科せられることになりました。

 今回の厚労省の36協定に関する特別条項のひな型は架空の金属メーカーの作成例で、従業員を1か月で最長90時間(年6回まで)、または1カ月80時間まで(年4回以下)残業させられる内容で労使合意した想定となっているという。これは基準法の範囲内となっているが、いわゆる過労死の判断基準に限りなく近い時間となっているようです。そのため「全国過労死を考える家族の会」は例示された時間が長すぎるとして、根本厚労大臣に改善を申し入れるとなっています。

 問題は特別条項の時間外労働は「事業場における通常予見することができない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に36協定の限度時間を超えて労働させる必要がある」場合にのみ行うことができるとなっています。厳しい条件があるものの事業者としては予見できない事態に備えて、法で許される最大限の時間を設定することは充分考えられます。

 注意すべきは特別条項の実施が法の趣旨に基づいているのか、安易に行っていないか、ということです。事業場の不測の事態を考慮した特別条項は、長時間労働とならないように厳格な運用とすべきです。そのために更なる法改正によって、特別条項を適用した場合は事後に労働基準監督署に届出義務を課すなどして、適正な運用につなげることではないでしょうか。

法改正の趣旨は活かされるのか。

 年次有給休暇の5日付与義務も長時間労働解消の目玉となっているようです。平成15年に政府は「次世代育成対策推進法」を施行し、その実現のためにワークライフバランスを提唱しています。基本方針の中には多くの課題がありますが、その一つに年次有給休暇の取得率があります。子育ては母親だけでなく父親も参加すべきであり、そのためには年次有給休暇の取得が必要とされたのです。その当時の取得率は46.6%でした。しかし、その後も取得率の高まりはなく、平成29年は51.1%と若干の伸びに止まっています。今回の付与義務は取得率を高めるのが狙いですが、企業には難しい対応が迫られそうです。

 就業規則上の特別休暇の振替はできず、本人の希望を聴取して取得日を決めるのが原則となっています。この5日の年次有給休暇を与えなかった場合は、時間外労働の違反と同様の30万円以下の罰金が科せられます。30人の事業所で全員の年次有給休暇付与を怠った場合の罰金は900万円となります。

 こうした罰則を科すためには労働基準監督官が送検を行うことにより、検察官による捜査が始まり起訴によって刑罰が科されます。しかし、送検を行う労働基準監督署の人数に限りがあり、労基法違反を処理する監督官が不足しているといわれています。長時間労働をなくすために厳しくした罰則が、監督官不足のために送検できないのでは折角の法改正が生かされません。

 長時間労働から働く人の生活を守るために、期待されている効果を果たすことが出来るように、必要な監督官の増員を考えるべきでしょう。


石山浩一
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/