月刊ライフビジョン | 社労士の目から

不安を煽る?「老後の生活資金2千万円」

石山浩一

 65歳の夫と60歳の妻が老後の生活に必要な資金が2千万円という金融庁が公表した報告書が波紋をよんでいます。マスコミが報じている金融庁がまとめた報告書の内容は、年金だけの収入では毎月約5万円不足するので、30年で2千万円強の資産形成が必要というものです。これに対し、野党は「100年安心年金は嘘だったと国民は怒っている」といって政府を追及しています。麻生副総理は誤解や不安を与える報告書は受け取らないといって拒否しています。

 さて一体、多くの国民は老後を年金だけで生活できると思っているのだろうか、100年安心年金プランとはどんな内容なのだろうか、考えてみました。

年金受給者の生活の現状

 今回の金融庁の報告書の年金受給者は厚生(含む共済)年金受給が前提であり、国民年金のみの受給者は該当しません。現在の年金受給月額は40年厚生年金加入の男性が16万円強で、国民年金保険料40年納付の配偶者が6万円強となっています。この夫婦には月額約22万円の年金が支給されることになります。但し、支給される年金からは所得税及び住民税に加えて、65歳以上は介護保険料が源泉徴収されます。このため実際に振り込まれる金額には地域や生活環境によって幅がありますが、所得税4千円、住民税1万5千円、介護保険料1万円程度が源泉徴収されると推定されます。従って、支給額22万円から3万円控除された約19万円で生活することになります。一方、総務省の平成28年の「家計調査」では、60歳以上の無職世帯の支出明細は合計23万9,300円となっています。(明細は千円単位)

食費

住居費

水道

光熱

家具等 被服等 医療等

交通

通信

教養費 小遣い 交際 その他
68.2 14.3 20.4 9.3 6.7 14.6 26.5 25.7 6.2 25.2 22.2

 振り込まれる約19万円から上記の約24万円の支出を差引いた額がマイナス約5万円となり、偶然ですが金融庁の試算と合致しています。

“「年金100年安心プラン」とは”

 財政再計算とは年金財政を健全に運用するために5年に1度、給付費の将来の見通しと財源確保計画を策定し直すことです。年金100年安心プランは2004年の財政再計算に向けて、当時の公明党の坂口厚生大臣が提唱したものです。その主な内容は、①物価や賃金の上昇よりも年金の支給額の伸びを抑える「マクロ経済スライド」の導入 ➁年金の給付水準は、現役世帯の平均的なボーナス込みの手取り賃金に対する割合を、平成16年度の約59.3%からマクロ経済スライドが終了すると見込まれる平成35年度には50.2%となる所得代替率の低下 ③保険料率を13.58%から毎年0.354%ずつ引き上げ、平成29年9月以降は18.30%に固定するとなっています。

 年金100年安心プランは、少子高齢化社会へ対応できる年金制度とするための財政再計算であり、そのために年金額の低下が明記されているのです。

根拠があった金融庁の試算

 今回の金融庁の試算への野党の追及に、安倍首相や麻生副総理は「誤解や不安を広げる不適切な表現だった」との釈明を行っています。しかし、現在の年金生活者の大部分は年金の受給額では生活費ができないため、ある程度の資産で補填しているか、再雇用制度等で働いているのが現状です。一方「100年安心は嘘だったと国民が怒っている」という野党の追及にも疑問を感じます。怒っているのは高い税金や介護保険料に対してであり、100年安心が嘘だと怒っている国民は少ないのです。

 NHKが行った世論調査によると、「現在の年金で生活ができない」が51%、「どちらかと言えば出来ない」が23%と、24日に報じていました。マスコミの論調や新聞の投書欄でも今回の金融庁の報告書への怒りを目にすることはなく、年金受給者は老後に2千万円程度の資産が必要と理解していると思います。逆に麻生副総理が、金融庁の報告書を受け取らないことへの批判が目につきます。意に沿わない報告を無視する姿勢は、都合の悪い意見は無視する安倍内閣に共通するのです。

 今回の金融庁の報告書で年金問題が浮かび上がってきましたが、年金受給額と生活費のバランスを考えるチャンスを与えてくれたともいえそうです。


石山浩一
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。 http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/