月刊ライフビジョン | 地域を生きる

市議会選挙ラプソディー

薗田碩哉

 平成最後の地方選、後半に行われた多摩市議選に、わが畏友・菊池克行氏が立候補した。御年70歳、元スポーツ新聞社会部記者、髪は薄くはなったが矍鑠(かくしゃく)たる偉丈夫である。掲げる主張は「市議会を市民の手に!」。市長の翼賛機関に成り下がった議会に活を入れて、市政のさまざまな問題点を指摘して改善を図り、新たなまちづくりのビジョンを打ち出すことのできる、市民パワーと直結した議会を作ろうというのである。

 菊池氏のこの主張は個人的な思い付きではない。実は多摩市には20年も前に設立された「ウオッチング多摩の会」という市民団体がある。この会は「市議会を傍聴して議会活動を公正中立の立場で観察し、市民の関心を高め、投票率をアップさせる」ことを目指し、毎度の議会を欠かさず傍聴して観察記をまとめ、『ウオッチング多摩ニュース』という新聞を発行してきた(2019年2月で91号になる)。筆者も何度もこのニュースを手にする機会があり、面白く読んできたし、その地道な努力に敬服してもいた。

 だが、ここへきて会のメンバーは、度重なる職員の不正や無計画な建設計画などの問題点に対してきちんと対峙できない議会のあり方に根本的な疑問を抱き、ウォッチングから一歩を進めて、仲間を議会に送り込むアクションを選んだのであった。市政と議会の2元民主主義の確立を求めて、傍聴席に甘んぜず議席への進出を目指そうというわけである。誰を立てて戦うか、あれこれ論議のあった末、メンバーの一人である菊池氏が立候補の決意を固めたのであった。

 菊池氏はその昔、筆者が連れ合いと共に運営していた元祖森の幼稚園である「さんさん幼児園」の親父の一人だった。とは言え、当時は超仕事人間だった氏は園の行事にはあんまり参加していない。しかし、菊池陣営の選対委員長格のT氏やネット広報担当のH氏も同じくさんさん親父であることを知るに及んで、これは他人事ではないと思うに至った。どこの党派にも属さず、無手勝流で、市民の政治参加の拡大を図ろうとするウォッチング連の意気に感じたというわけで、後援会入会第1号になって、できそうなことを何とかやってみようと思った。

 選対の会議に出かけてみると、これが見事に爺さんばかりである(むろん筆者も含めて)。いずれも意気盛んで、現職何するものぞという気概にあふれている。筆者が仰せつかったのは候補者と一緒に巡回するウグイス嬢のリクルートで、さっそく手を尽して当たったが、集められたのは一番若いご婦人で50台、その上は60台、70台もいるという高齢ウグイスばかりだったが、人間の声というのは歳を取らない。どのウグイスさんも張りのある声と的確な語りでお役目を十分に果たしてくれた。

 事前の声掛けやビラ配りやハガキの宛名書きなどを経て、あれよあれよと言ううちに選挙本番となり、菊池氏は数人の同志とともに幟を掲げ、大きなハンドマイクを担いで遊説に回った。他の候補のように車の天井に大スピーカーを積み込んで名前だけをがなり立てて走るのではなく、住宅地の中まで入り込んで要所要所で立ち止まり、周囲の家々に向かって立候補した目的と多摩市の抱える課題を諄々と説き来たり説き去るという正攻法である。

 当然、回れる範囲は狭くなるが、その地域の懸案をじっくり語ることができる。広く浅くではなく狭くても深く掘り下げて確実な支持者を得ようという戦術である。菊池氏が一くさり趣旨を語ると、応援弁士であるウォッチングの会代表の神津幸夫氏が理路整然と菊池擁立の意義を述べる。傘寿に近いという神津氏が来る日も来る日も倦むことなく行脚を続けられたのには頭が下がった。筆者もこの政治ハイキングにちょっとだけ参加したが、気持ちのいい春の日に緑豊かなニュータウンを歩き回るのは心地よく、窓から手を振ってくれる人、出てきて言葉を交わす人も現れて手ごたえを感じたものである。

 あっと言う間に1週間が過ぎ投票日となる。結果は??? 月曜日の早朝に届いた新聞を破るように開いて結果を見ると、無念、及ばなかった。簡単に勝てるとは思わなかったが、毎日運動しているスタッフには期待感が高まり、あるいは、という気持ちになっていたが、結果は709票で当選者の最低ラインの1200票にもはるかに及ばなかった。ジジババ軍団敗れたり、残念無念だがこれが現実だ。

 気を取り直して当選者を見ると26人のうち、現職が21人、元職が2人いるので、新人は3人しか入っていない。それも1人は自民党、もう1人は生活者ネットという地域政党だから純粋無所属は1人しかいない(後で聞くとこの人もある前議員の地盤を引き継いだ人とのこと)。無名の新人が現職の壁を破るのは並大抵のことではない。隣り町の友人はそれでも700票集めたのだから善戦だよ、と慰めてくれた。

 投票率も相変わらず低い。今次の選挙があった多摩20市のうち、50%を超えたのはたった2市しかなく(いずれも市長選と併催)、市議選だけのわが多摩市は46.56%だった。投票に行く人の大半はどこかの政党支持を決めている人ばかりのようで、実際、政党の勢力図にはほとんど変化がない。新人が勝つにはあんまり選挙に行ったことのない、新たな支持層を掘り起こさねばならず、ご近所開拓戦術で無関心層に訴えたつもりだったが不発に終わったというしかない。

 今回学んだことはいろいろある。まずは届け出からチラシ作りやポスター貼りなど選挙の仕組みがよく分かった。印刷屋からレンタカー屋から不動産屋まで、選挙ビジネスが確立していて、いい商売になっていることも知った。選挙のルールは政党と現職議員に圧倒的に有利に出来ていて、新人には有形無形の参入障壁が張りめぐらされている。議員という特権階級を守る仕組みは万全だ。

 選挙民の関心が低いのは絶望的に近いが、投票する人もそれほど深く考えてはいない。政策をきちんとチェックしようとするのはかなり物好きで、たいていは知っている名前を書いてしまう。5000票近く取ってトップ当選した自民党の議員は、毎朝必ず駅頭で声を上げ、連続3500回達成というのを誇らしげに選挙公報に書いていた。知名度が全てだから、選挙カーでひたすら連呼というのが最も賢い選挙戦術ということになるのだ。

 政党の枠組みに収まらない、斬新な発想の市民派を議会に推し上げるためには、日常の市民活動を活性化させるしかない。多くの市民と手を携えて、学びも遊びもある、面白くて発見のある活動を地道に編んでいくのが王道であろう。「ウオッチング多摩の会」には、今回の結果にめげず、若い人を巻き込んでこれからも頑張ってほしい。筆者も3年後、隣りの町田市で行われる市長選・市議選をにらんで戦略を練って行こうと考えている。  【地域に生きる49】


薗田碩哉(そのだ せきや) 1943年、みなと横浜生まれ。日本レクリエーション協会で30年活動した後、女子短大で16年、余暇と遊びを教えていた。東京都町田市の里山で自然型幼児園を30年経営、現在は地域のNPOで遊びのまちづくりを推進中。NPOさんさんくらぶ理事長。