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シニアの大安売り時代がやって来る

司 高志

 人手不足倒産が過去最高ペースで進行中である。また一方で、社会保障審議会では、年金の支給開始年齢の引き上げが議論されている。これに加えて一億総活躍などという言葉も聞こえてくる。こういうことを考えると国ぐるみでとんでもないことを行おうとしているように見えるが、そのことを述べる前に過去に起こった「大安売り」を見てみたい。

 まずは、「博士の大安売り」から。

 どうやら文部科学省は、欧米を参考にしたようだが、欧米では大学や研究機関で働く以外にも社会の表舞台で活躍している「博士」が多い。そこで博士を量産して社会に送り出そうとしたのであるが、日本では博士の需要は、大学の先生か研究者くらいしかない。博士になった後にどういう仕事をするのかという出口の構造が変わらないのに、博士になるための入り口の人数を増やしてしまった。それで、博士が「大余り」してしまった。

 博士になりたい人のうち、企業や官庁に勤めて、社会とのつながりを持ってバリバリやりたいという人は、ほんの少数だろう。傍目には楽ちんに見える大学の教授やよくて企業の研究所くらいまでである。

 そこでいま起こっているのは、だぶついた博士の大安売りである。定年制で雇用される博士はほんの一握り。任期付きかアルバイトしかない。それも時給1000円~2000円くらいの低賃金バイトまで用意されているから、何のために大学院まで行ったのかわからない。高い学費を取って博士を作り、低賃金でこき使えるのならば大学の一人勝ちである。

 もう一つは弁護士。これまた欧米をまねして弁護士の数を増やしたのはいいが、訴訟社会のアメリカと比較してはいけない。日本は欧米と違い、問題解決に弁護士を使うということは非常にまれである。これまた、出口の方でどういう仕事があるかを吟味しないで入り口ばかり間口を広げたので、失敗した例である。

 制度を作った側は、地方には弁護士が少なく、地方で飯が食えるという想定だったかもしれないが、わざわざ法科大学院まで行って、田舎に行きたい弁護士はいないだろう。というわけで、こちらも独立開業できない弁護士が都市部で大余りになってしまっている。

 弁護士になっても食えないことがわかると法科大学院を目指す人の数がめっきり減り、お取り潰しの学部もできている。大学の一人勝ちという目論見は外れた。

 さて、現在は人手が足りないという。しかしこれは、低賃金で頑張って働いてくれる都合のいい人がいないということである。ここで先に挙げた、一億総活躍、人手不足の倒産、年金支給開始の年齢引き上げの3つを合わせて考えてほしい。

 年金支給開始年齢を引き上げて、年金がもらえるまで、シニアがどうしても働かなくてはならない状態を作り出す。つまりわざと供給過剰状態にして、結果としてシニアを安くこき使おうという作戦に思えてならない。

 本当は若くてイキのいいやつをこき使えるのが一番いいのだろうが、少子高齢化により若い人は、そもそもの絶対数が少ない。加えて、正社員の数を絞り、派遣やバイトで使っているので開拓の余地がなくなってきている。

 年金の支給開始を遅らせたい政府と、安く使える人手が足りないとうそぶく企業の思惑が相まって、一億総活躍なる言葉が躍っているのである。