月刊ライフビジョン | 社労士の目から

上から目線の働き方改革にNO!

石山浩一

 政府が力を入れている働き方改革関連法案が暗礁に乗り上げている。改革の目玉ともされる「裁量労働制」の拡大に関する資料で、裁量労働制の労働時間集計にミスがあり実際より短い時間となっているという。一般的な労働時間より裁量労働制の労働時間が短いという常識を覆すデーターを、疑うことなく提出するからには何らかの意図があったと疑われても仕方がない。そのため政府は今国会での成立を断念し、法案の先送りを決めている。さらに「高度プロフェッショナル制度」も、野党が反対しているため成立は容易でない。

 昨年3月に発表された働き方改革実行計画の冒頭に「働く側の視点にたった働き方改革の意義」の見出しがあり、(1)経済社会の現状、(2)今後の取組の基本的考え方、(3)本プランの実行、の3パートからなっている。改めてこの、――(1)経済社会の現状――を検証する。

内部留保を減らして実質賃金の向上を

 「経済社会の現状検証」では、4年間のアベノミクスにより名目GDPは47兆円増加し、9%成長したと自画自賛している。その結果、有効求人倍率が25年ぶりの高い水準になり、正規雇用労働者も増加していると高揚ぶりが伝わる様な文章である。相対的貧困率が減少し、増加していた子供の相対的貧困率も初めて減少し、デフレ脱却が見えてきて、実質賃金は増加傾向にあるという。確かに有効求人倍率は上昇しているが、実質賃金は2012年9月から今年1月までの間にプラスは2017年の11月だけで上昇傾向とはなっていない。実質賃金は厚生労働省の「毎月勤労統計調査」によるが、働き方改革実行計画で上昇しているという数字の根拠が示されていない。

 働く人の視点で見るのであれば、最近の企業の業績に賃金がリンクせず、企業の内部留保の増加を指摘すべきである。財務省の法人企業統計によると2015年は前年度より23兆円増加して377兆8千億円強で、4年連続で過去最高を更新しているという。働く側からの働き方改革であれば、内部留保を賃金として支給して国内消費を高め、少子化の改善を目指すとすべきである。

働き方改革は長時間労働の解消にある

 他方、個人消費や設備投資などの民需は持ち直しつつあるが足踏み状態という。その原因は少子高齢化、生産年齢人口の減少などの人口構造問題と、イノベーションの欠如による生産性向上の低迷、革新的な技術への投資不足をあげている。これを克服するためには投資やイノベーションの促進による付加価値生産性の向上と、労働参加率の向上を求めている。

 しかしなぜ、生産性が向上すれば少子高齢化などの人口問題も投資不足も解消するのだろうか。生産性向上はあくまでも企業の利益追求であって、働く側の利益とは直接関係しない。

 人口構造問題は時間的・経済的・生活的質の向上によって解消されるものである。それにはまず、長時間労働の解消が第一であり、年間実労働時間の削減や有給休暇の取得率の向上を目指すべきである。今回の基準法改正は100時間/月以上が罰則の対象とされているが、労働時間8時間に休憩時間1時間、残業時間4.5時間、それに通勤時間1時間とすると、残り時間は9時間強である。睡眠と食事だけの家庭では、ワーク・ライフ・バランスの実現は不可能である。

 政府発表の計画は――誰もが生きがいを持ち能力を最大限発揮できる、1億総活躍の明るい未来を切り拓くことで少子高齢化などの課題も克服可能――としている。家庭環境や事情は人それぞれに異なる。何かやりたいと願ってもまず、画一的な労働制度や保育・介護がなどの壁が立ちはだかっている。それを取り除くのが可能性であれば早急に実現してほしいが、働く側の視点に立っての画一的な労働制度とは何を指すのか定かでない。労働時間の制約を外すことが考えられるが、働く人はそれを望んでいるのだろうか。一般的となった共働きの家庭では、とにかく早く帰ってきて食事の準備の間でも子供を見て欲しい、と願っているのが現実ではないだろうか。

 この現状分析は、働く側に立った働き方改革などではなく、企業側に立つ「働かせ方改革」と呼ぶにふさわしい内容ではないだろうか。


石山浩一 
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/