月刊ライフビジョン | 社労士の目から

3%賃上げのまやかし

石山浩一

 今年の賃上げは連合がベースアップ(ベア)を2%水準とし、定期昇給(定昇)を含め4%程度の要求としている。これを受けて主要産業別労働組合の要求が出揃い、トヨタを含む自動車総連や電機連合など主要産別の要求額は「ベアが3,000円以上」となっています。こうした労働組合の要求に対して、経団連の榊原会長は2月22日「過去4年間の実績を上回る数字が出ることを期待したい」と語っています。安倍首相は経済3団体の新年祝賀会で「経済の好循環を回すため、賃上げ3%をお願いしたい」と要請しています。

多種多様な賃金制度

 連合の「定昇を含め4%程度」に対して主要産別は「ベア3,000円以上」、経団連の榊原会長は「昨年の実績を上回る数字を期待」と言い、安倍総理は「3%を要望している」という。それぞれの数字や表現の違いから、要求する金額や期待する賃上げ額を理解するのが難しいと思います。

 その原因は日本の多くの企業の賃金が、入社時の低い初任給が経過年数とともに上昇していくカーブを描く、「年功序列賃金」と呼ばれている制度のためです。1年経過ごとに上がる賃金額を定期昇給(定昇)と呼び、賃金全体の底上げをするのがベアと呼ばれるものです。連合はじめ労働組合が要求を同じ表現にすればこうした問題は起こりにくく、経営側や政府の表現も理解しやすいものになります。しかし、定昇制度のない企業も数多くあり、100社あれば100通りの賃金制度のあるのが現状です。

 各社の賃金制度が年功序列賃金や成果主義賃金、能力主義賃金と断定できるものではなく、いろんな要素が重複しています。データは多くありませんが、賃金委託会社が2011年に28社の賃金制度の傾向を調べたものがあります。その結果、①「ほぼ年功序列」といえるのが11%、②年功序列7割と成果主義3割が29%、③年功序列が3割と成果主義7割が18%、④年功序列と成果主義半々が21% ⑤「ほぼ実力主義」が21%となっています。⑤を除けば年功序列賃金がベースになっているといえます。

 20年ほど前に成果主義賃金が叫ばれ、制度を変えた企業もありましたが失敗して元に戻したと報じられました。独立行政法人労働政策研究・研修機構が1999年と2004年に調査した結果、年功序列賃金を支持する人の割合が60.8%から66.7%に増加しています。

3%と3,000円の違い

 連合の方針は「ベア2%程度基準」として4%程度の賃上げを掲げています。したがって4%の賃上げ要求からベア2%を除いた2%が定昇となります。一方、電機連合や自動車総連の要求に定昇が入っていないのは、定昇は労働協約に定められているからです。そのため、賃金の底上げをするベアとして3,000円を要求しているのです。

 会社での労務構成が一定と考えると、毎年定年で退職する人数分を採用します。退職者があり新入生が入っても賃金カーブは変わらず、それぞれが1年上になるだけで人件費総額は変わりません。定昇は賃上げではなく現状維持なのであり、賃上げとは総額人件費を引き上げることなのです。安倍総理が経営者に3%の賃上げをお願いするのであれば、連合が2%程度見込む定昇を差引いて1%の賃上げというべきです。見栄えのする高い数字を示して国民の関心を引くことは詐欺行為ともいえます。

 これから賃上げ交渉が本格して賃上げ額が報じられます。安倍総理は賃上げの内容を理解し、国民を惑わすような表現は止めてベアや%の数字を語るべきです。


石山浩一 
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/