月刊ライフビジョン | 社労士の目から

60歳からのライフシフト

石山浩一

 2017年に生まれた日本人は107歳まで生きるという、リンダ・グラットン(英)の「ライフシフト」が話題を呼びました。安倍総理も1月22日の施政方針演説で、人生100年時代を見据えて教育や経済のあり方を大胆に改革していくと述べています。現在年金受給の繰下げは70歳まで可能ですが、厚労省は年金支給開始年齢70歳を示唆するような、70歳以降の支給繰下げも検討しているようです。一方労働組合は60歳定年を65歳まで引き上げをとの要求を掲げています。

 人生100年時代が現実味を帯びてきましたが、重要なのは60歳からの生計基盤をどう設計するか。そのキーワードの一つは年金と定年といえそうです。

避けられない年金支給開始70歳

 第2次世界大戦直後の1947年~49年生まれを団塊世代と呼んでいます。この年代の1年間の出生数は約270万人と平年の2.7倍程で、「第一次ベビーブーム」と呼ばれました。

 この団塊世代の60歳到達を見据えて、年金受給開始年齢を順次繰り下げています。現在はその過渡期で、最終的には1961年4月2日以降生まれの年金支給開始は65歳まで繰り下げられ、女子はこれより5年遅れとなっています。少子高齢化社会となって年金保険料を支払う被保険者が減少する反面、年金を受給する人たちが増加し年金財政が圧迫されることへの対応でした。

 ♪村の渡しの船頭さんは今年60のおじいさんー。この歌は、1941年7月に発表された童謡です。当時の平均寿命は男子56歳、女子が59歳で、元気で船を漕ぐおじいさんは珍しかったようです。それから70年ほど経過した現在の平均寿命は、男子が81歳、女子が87歳となりました。今なら80歳のおじいさんが元気で船を漕いでも歌にならないでしょう。

 人生100年時代を想定すれば、少子高齢化はさらに進みます。特に団塊世代の子供たちが生まれた1971年~1974年が「第二次ベビーブーム」で、年間出生数が200万人ほどです。その人たちが65歳の年金受給年齢となるとき、年金財政は再び厳しくなります。それを避けるため年金受給開始年齢はさらに繰り下げることになり、現在47歳辺りの人たちがそのハシリとなりそうです。従って、この世代の人たち以降は60歳定年で会社を辞めた場合、年金が支給される70歳までは無収入となります。60歳定年後の経済生活をどう設計するかが、大きな関心事となります。

定年延長か、新たな人生を歩むか

 「再雇用で仕事を続けたい気もするし、辞めてのんびりしたい気もする。」と、定年を前にした人たちから相談されることが多くありました。「60歳で辞めた後の20年前後を、どうやってのんびりするのですか。」「やりたいことがあるなら別だが、そうでなかったら残るべきです。」それが私の回答でした。そしてほとんどの人が定年延長で残ったように思います。厚労省の「平成27年就労条件総合調査」では定年制を定めている会社93%のうち、再雇用制度は勤務延長制度の併用を合わせると82%となっています。再雇用制度のある会社で働く多くの人が悩む問題だと思います。

 定年を65歳にすればその悩みは解決しますが、新たな問題も考えられます。その一つに退職金があります。マイホームをローンで建て、毎月の返済が大きな負担になっています。退職金で一括返済すれば、ローン返済から逃れることができます。その後は賃金が多少下がっても好きなことができる仕事を選択し、職業人生を楽しむことができます。定年が65歳になるとその楽しみが5年先になり、第2の人生もその分短くなってしまうのです。

 現在の再雇用制度は、仕事を変えて60歳時賃金の7割程度に下げることによって、会社の人件費負担を軽減しています。しかし65歳定年には退職金のほかに、60歳以降の賃金カーブの問題もあります。60歳までの賃金カーブを維持すれば人件費負担が大幅に増加します。賃金を再雇用並みに下げれば、同じ仕事であれば不利益変更を指摘される可能性があります。会社がこの負担に耐えられるかという高いハードルがあるのです。

 働き方改革は政府や会社が行うのではなく、働く人それぞれが実行することです。年金支給開始と60歳定年制を踏み台に100年の人生をどう生きるか、各人が考えるチャンスとも言えるでしょう。


石山浩一 
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/