月刊ライフビジョン | メディア批評

諭吉の権威使い皇位継承論議を抑える有識者会議って?

高井 絜司

 ふだんあまり社説に眼を通すことはないが、1月13日付朝日の「皇位継承報告書 これで理解は得られるのか」に眼が行き、問題点がしっかり書かれていると感心した。かつては社説を書くポストにも就いたことがある。しかし、現場取材もほとんどなく、自身の過去の経験、知識と現場記者からの聞き書きで、あれやこれや当り障りなくまとめる社説にはどうもなじめなかった。現役記者時代には、社説に反発しながら記事を書いたこともあった。

 だが、皇室に関する記事となると、現役記者の記事も遠慮がちの記事が多い。むしろ、この社説は書き出しから、報告書について「現在、そして将来の国民の幅広い支持を得られるか、大いに疑問がある内容だ」と、すっきりしていた。

 朝日社説は前日、岸田首相が国会議長に対し、政府の有識者会議がまとめた皇位継承のあり方をめぐる報告書を提出したタイミングで書かれたものだ。社説は、「悠仁さま以降の継承ルールを議論するには『機が熟していない』とし、それとは切り離して皇族数の確保を図ることが喫緊の課題だと述べた。そして、(1)女性皇族が結婚後も身分を保持する(2)今は認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系男子を皇族とする――の2案を示した」と要約する。

 その上で、「透けて見えるのは『皇位は男系男子が継がねばならない』という考えだ。継承ルールは議論しないといいながら、国民の間に一定の支持がある『女性・女系天皇』の芽を摘んでしまう仕掛けが講じられている」と、その問題点を指摘する。

 例えば(1)では、女性皇族が皇室にとどまっても、配偶者と子は皇族としないことが「考えられる」としているから、女性皇族の子は皇位に就かせない意思を表したものではないか、と疑問を投げかける。

 (2)では、養子になれるのは男系男子に限るとし、旧宮家の人々は約600年前に天皇家から分かれ、戦後は民間人として暮らしてきた。今さらの復帰は国民の理解が得られないとの声を意識して、報告書は養子本人は皇位継承資格を持たないとする考えを示した。一方、生まれる子に継承権を与えるかについては言及を避けていて、事実上否定する考えを打ち出した(1)との違いは明らかだ。仮に(2)の道を選ぶとしても、男系男子に固執する限り、持続可能な継承制度にはなり得ず、養子になる人やその家族も男子出生の重圧を受け続ける――と指摘した。

 要するに「衆参両院は17年6月、安定的な皇位継承のための課題や女性宮家の創設などについて、新天皇即位後すみやかに検討するよう政府に求めた。だが安倍・菅政権は作業を先送りし、ようやく出てきた報告書も国会の要請に応えたものとは言い難い」と結論付け批判した。肝腎の「皇位継承」問題を先送りしたというわけだ。

 こうした報告書批判は朝日社説だけかとデータベースを調べてみたら、読売、毎日、日経は、有識者会議が首相に報告書を提出した昨年末の時点ですでに社説を掲げていた。日経は「国論が二分される恐れがある女性天皇、女系天皇の議論は避けた」と指摘しつつも「双方の相違や歴史的な経緯などを政府は丁寧に説明し、国民に一層親しまれる皇室へ向け、諸課題の解決につとめるべきだ」と、当り障りのない結論となっていた。

 これに対し、読売社説は「最終報告は、皇室に残るとされる皇族女子の子供や、皇籍に復帰した人には皇位継承資格を持たせない考え方を示した。その是非とは別に、これでは皇位継承の問題は未解決のままとなる。小泉内閣が設置した有識者会議は2005年、女性天皇と女系天皇を容認する報告書をまとめている。野田内閣は12年、皇族女子が結婚後も皇室にとどまる『女性宮家』の創設を検討すべきだ、とする論点整理をまとめた。皇位継承権を巡る論点は出そろっている。天皇制を存続させるためにも、これ以上、結論を先送りすることは許されない」と、明確な論旨で、報告書を批判している。

 毎日社説も「これでは安定的な皇位継承に向けた根本的な解決策につながらない。政府は『次のステップ』に早く進むべきだ。4年半前に天皇退位を認めた特例法の付帯決議は、安定的な皇位継承の課題を速やかに検討するよう政府に求めた。ほぼ全会一致で可決され、国会の総意と言える。政府は答申を近く国会に報告するが、付帯決議の要請に応えたとは言いがたい。今回の案にとどまらず、皇室の将来について国会で幅広く議論しなければならない」と議論の活性化を求めた。

 以上、三大紙はこぞって明確に報告書を批判した。読売1月13日の報道によると、「自民党の茂木幹事長は12日、『非常にバランスの取れた報告書になっている』と評価したという。その背景には「党内では『女性・女系天皇』への反対論が根強い」という事情があり、「報告書が女性・女系天皇に関して是非の判断を示さなかったことで、『党内を二分する議論が避けられた』と安堵(あんど)の声が漏れる」という。

 これでは、朝日社説が指摘するように、女性天皇は女系天皇も検討すべきという世論の大勢に反し、「皇位は男系男子が継がねばならない」という自民党内の保守派の考えを利する結果につながりかねない。

 各紙のデーターベースを検索していたら、奇妙な議論を見つけた。それは毎日の山田孝男特別編集委員のコラムだ。ちょっと長い引用となるが、その主要部分は以下の通りだ。

 有識者会議は女系天皇の是非について外部識者の意見を聞いたが、報告書では触れなかった。結びで福沢諭吉「帝室論」の「帝室は政治社外のものなり(皇室は政争の外にあれ)」を引き、皇位継承の政治化にクギを刺している。

 「帝室論」は明治15(1882)年の新聞連載である。当時、日本は帝国議会開設を控え、藩閥官僚政府の御用政党と反政府の民権党の対立がエスカレートしていた。福沢は、「保守守旧の皇学者流」と「自由改進の民権家流」が尊皇を競い、天皇を持ち出して相手を責めるのはよくないと警告。皇室の威信は政治や名利を 超越するところにあると説いた。皇室と政治、世論を論じて深い。

 ちなみに、上皇陛下は皇太子時代、「帝室論」を音読されていたという(小泉信三「ジョオジ五世伝と帝室論」文芸春秋)。

 もしも今回の報告書が女系天皇容認を打ち出していれば、「愛子天皇」の現実味は増していた。だが、それで男系護持派が引き下がるか? 世論調査で7、8割が女系天皇支持だから大丈夫と言えるか?

 皇室は「日本人民の精神を収攬(しゅうらん)(=民心を融和)するの中心」(帝室論)である以上、乱暴に押し切るわけにはいくまい。

 なぜ報告書の結びに、福沢諭吉が明治時代の激しい政争の時期に書いた帝室論が登場するのか、それがどんな説得力を持つというのか、不思議でならない。有識者メンバー6人うちの半数が慶応大学関係者だから、なのだろうかと邪推してしまう。

 実は、私は目下、戦前の日本の中国論についてまとめたいと考え、その関連で福沢諭吉の著作や彼に関する研究書を読んでいる。彼の言論に一貫して流れているのは、絶対的な権威、真理の否定、多事争論のすすめである。「学問のすすめ」にもこうある。

 ――文明の進歩は、天地の間にある有形の物にても無形の人事にても、その働きの趣きを詮索して真実を発明するに在り。西洋諸国の人民が今日の文明に達したるその源を尋ぬれば疑の一点より出でざるものはなし。

 人事の進歩して真理に達するの路は、ただ異説争論の際にまぎるの一法あるのみ。而してその説論の生ずる源は、疑の一点に在りて存するものなり。――

 福沢が西洋文明を学べと述べたのも、儒教の権威主義や神・仏頼みで異説争論がなければ、真実の発見も進歩もないと考えたからだ。丸山真男は「福沢諭吉の哲学」(平凡社『丸山真男セレクション』所収)で、福沢に一貫する思惟方法は「価値判断の相対性の主張」であり、「そうした価値は何か事物に内在する固定的な性質として考えられるべきではなく、むしろ、事物の置かれた具体的環境に応じ、それがもたらす実践的な効果との関連においてはじめて確定されねばならぬ。具体的状況を離れて抽象的な善悪是非をあげつらっても、その議論は概ね空転して無意味である」と述べている。福沢の帝室論は、藩閥官僚政府の御用政党と反政府の民権党が互いに皇室を政治利用して政争を展開する中で、皇室を政争の具にするなと警告したのだ。

 現在の皇位継承の議論は、帝室論の時代と全く異なる状況の中にある。男系天皇制では、天皇制の存続さえ危うくなるという中で交わされているのだ。福沢なら大いに議論しろと促すだろう。議論を棚上げすることが男系天皇にしがみつく保守派の主張に利することを知りながら、福沢の権威を使って、論議を止めろというのは、福沢の学問の精神にもとるものではないだろうか。慶応の先生方にはもう一度、「福沢諭吉」を勉強してもらいたい。


◆ 高井潔司 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授を2019年3月定年退職。