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この1年――選挙と共に去りぬ?

奥井禮喜

 昨年からほぼ2年にわたって、とても奇妙な時間が過ぎた。ひとことで表現すれば、――1日は長く、1年は短い――と言いたい。時間を感じるのは1人ひとりである。哲学者は、人間は運動体であるという。たしかに、人が何もしなければ信楽の狸と等しい。それなりに活動するから、時間が長かったり短かったりする。熱中している時間は早く去るし、屈託している時間は長く、悩ましい。

 しかし過ぎ去ってみると、もう1年が過ぎたのかと感じる。かくして、人生も同じだ。親ガチャだとぶつくさ呟いていても、朝には青糸のごとく、暮れには雪のごとく(李太白「将進酒」)の時期を迎えれば、どなた様も人生は短いという感懐にはまるだろう。

 書き出しは、やや文学的(?)であるが、扱うテーマは「日本的政治意識の未来」である。政治が好きでない、わたしの辞書に政治という言葉はないと喝破される豪傑もおられる。個人のテイストとしては意味があると共感するものの、自分が見なくても政治は大きな顔して幅を利かせる。

 ――日出でて作し、日入りて憩う。井を穿ちて飲み、田を耕して食す。……帝力われにおいて何かあらんや――(撃壌の歌)というのは、ささやかな理想ではあっても、老子的無為の政治をおこなうような超政治家が存在するはずもない。ちまちま、ゴトゴト、あるいは耳元でブンブン飛び回る次第である。

 おもしろくないし、不満である。何がそうさせるのか。早くも年の暮れを感じつつ、この1年に世間をお騒がせしたイベントを摘まんで、一文を草したい。

選挙と共に去りぬ

 菅首相の辞任劇に始まって、ちょっとオモシロイと感じた人は多かった。お蔭で、自民党総裁選挙は、それなりに盛り上がった。どさくさ紛れの議員任期ほぼ満了解散での総選挙は、総裁選ほどには盛り上がらなかった。政局変化の期待と反期待が入り混じった選挙結果は、反期待側が制した。枝野氏辞任後の立憲民主党の党首選は、これまた盛り上がりを欠いた。

 それはともかく、選挙は政治家を選ぶのである。盛り上がろうが、盛り下がろうが、選挙は政治をおこなうメンバーを選ぶだけのイベントである。期待したか反期待したかはそこで終わって、いよいよ政治本番が盛り上がらなければならない。ところが、選挙が終わると、選挙熱が消えて、政治意識もまたどこかへ消えてしまうみたいである。政治意識は、選挙と共に来りて選挙と共に去る。

 子ども時代にメンコに熱中した。獲得したメンコを並べてしばし達成感があるものの、安物の型紙の稚拙な絵など、いつまでも眺めて楽しいわけがない。競技過程の熱しかない。選挙熱とよく似ている。政治本番はこれからだと考えれば、期待派・反期待派にかかわらず、さらなる情熱が燃え上がりそうなものである。

 これは、今回に限らず、大方の傾向である。選挙戦では、周囲で「政策を語れ」とおおいに注文がつくが、そもそも選挙演説で政策を語る候補者は少ない。だいたいは、自身の政治姿勢を語り、人気投票をお願いする。それに、たまたま候補者の政策に大共感したとしても、投票した人が当選したからといって、自動的に実現するわけでもない。

 自民党総裁選で、あれやこれやぶち上げた岸田氏ですら、並べた商品が次々に姿を消す始末である。まして、議員諸氏の公約にはほとんど実現性がない。本当の政治は、議会である。まして、与党が猛烈に批判されたのは、議会審議をまともにおこなわず、果ては、要求があっても、議会を開かなかったからだ。しかし、選挙結果は、どなた様が見ても、注射が効いていないだろう。

 ワクチン接種がコロナ拡大収束に貢献したと思われるが、もっとも大効果をあげたのは、人々が慎重に行動したからである。それを踏まえれば、注射が効かなければ、人々が自分たちの行動によって、妥当な政治をさせるしかない。政治は、ハイテクでなんとでもなるものではない。政治は、古代ギリシャ時代から決定的にローテクである。

 選挙戦総括のポイントは1つだ。不埒な与党に大きな不満があったにもかかわらず、戦後のほとんどの期間を担った自民党的政治に対する慣れ、政治的慣性を変えられなかった。「変える」と気張った立憲軸の野党が力不足であった。「変える」ことは、まことに難しい。運動の法則を引用してみれば、変えないことよりもはるかに大きなエネルギーを必要とする。

 いまの政治的慣性を今後も継続するのがよろしいと思わない人は決して少数派ではない。「変える」ことが、いかに難しいか。それを今回の選挙結果が示唆した。「変える」力をさらに育てるべきである。いかなる院内構成になろうとも、政治意識は選挙と共に去りぬ――では、日本的政治がものにならない。 

いかなる政治をおこなうか

 政策について、1つひとの論議をおこなうのは政治家である。それが、議会制民主主義、代議制度である。ただし、すべての意思決定を政治家コミュニティにお任せしたのではない。お任せすれば、何をするかわかったものではない。わかったのは、政治家は権力を恣意的に乱用しやすいということだ。おまけに、本来の職務を放り出して、いろいろ脱線する。

 鉄のレールを走る電車ですら脱線する。民主主義といえば、理論的には立派なレールがあるはずだが、これが見えない。見えないから慎重運転するのが運転士の心がけである。しかし、戦後日本政治の歴史は、暴走に次ぐ暴走、脱線また脱線が多かった。

 批判が盛り上がると、そのたびに政権党は、帽子を変えて新規まき直しをした。ところが、帽子を変えても、かぶっている本体が変わらない。ファッションを変えても人間性が変わらないのと同じである。こんなことは、先刻承知のはずだが、何度でも同じことがくり返される。

 ここには、政治家と有権者の決定的に隔絶した問題がある。政治家は「常在戦場」という。政治家はつねに選挙を意識して発言・行動する。政党は、つねに政権獲得を狙って活動する。だから常在戦場というのである。最近は、失礼ながら徒弟時代から首相をめざすと放言する。

 つねに選挙に備え、つねに政権獲得を狙う。政治家として立つからには、首相をめざす。―なるほど、ちょっと見た目にはきわめて当たり前のようだが、実は、根本的に心得違いである。政党は、権力獲得・維持が目的、政治家は当選することが目的、そして政治家コミュニティのなかで、トップをめざすのが目的というのであって、国民のための政治を一心不乱にやるという目的とは異なる。「政治によって生きるのか・政治のために生きるのか」、それが問題だ。

 いまの政治家・政党は、政治によって生きることを最大目的としている。そもそも、国民に寄り添ってという言葉は不愉快千万である。これは、明らかに選民思想である。権力者(支配者)思想であり、国民を被支配者と見ている。まことに低質、程度がわるい。これは、決して与党だけの性癖ではない。

 国民におかれては、政治家は公僕だと考える。当然である。「やらせてください」と懇願するから、やらせてやる。ところが、相手は、当選の暁には、「やってやる」という気風である。可愛げがないどころか、民主主義の政治家たる基本ができていない。選挙を疑似戦争とおいて、戦争ゲームに勝利することが主軸であり、戦争ゲームの合間に政治をおこなうという大きな間違いである。

 理屈でいえば、目的と手段が弁別されず、手段が目的化している。有権者は、「政治によって」ではなく、「政治のために」活動する政治家を求めている。現実は「政治によって」派が多数である。この心得違いを正さねばならない。はっきりしているのは、政治家個人にそれを期待しても、百年河清を俟つだ。つまり、政治家は政治をおこなうのだという政治風土を、国民が醸成するしかない。

 1970年代まで、組合では、活動に対して文句をぶつけてくる組合員が珍しくなかった。当然ながら組合役員は、いかにして組合員の不満を解決するかを考えて活動した。しかし、80年代辺りから組合員の組合無関心が増えた。

 戦後の組合運動高揚期から、組合活動の根本的悩みは、フリーライダー組合員をどうすれば参加させられるかにあった。組合員の文句は、当たり外れがあろうとも、貴重な意見である。本気の組合役員は、不満・文句から逃げない。しかし、飢餓賃金時代から離れるにつれて、不満はあるが文句が減少する。

 文句の減少を、やれやれ良かったと解釈するか、フリーライダーが増大するから危険の兆候だと考えるか。本気の組合役員は少ないから、組合内関係が安定したと勘違いして油断してしまった。さらに80年代バブル景気がその傾向を後押しした。90年代の大失業時代は、組合活動を根底から揺さぶった。失業の悲惨を見た組合員は、ますます文句を言わなくなった。その後継たる21世紀の組合は活気がない。組合という制度はあるが、活動や運動らしき姿が見えない。

 組合員が文句を言わないのは、フリーライダーが増加したのであり、フリーライダーがさらに無関心へと流れたのである。ここでは、組合無関心対策を論ずるのが目的ではないので、この程度にするが、はっきりしているのは、文句を言う組合員が多かった時代の組合は活性化していた。

 話を戻す。――いまの日本政治は、文句を言わない国民が圧倒している。もちろん、なんらかの利権でつながっている人々は別である。圧倒的多数が文句を言わず、政治とはこんなものだと信じ込んでいるのだから、日本的政治は活気がない。文句を言うのは、なにかに対して関心があるからである。

 文句が出ず、不都合にもかかわらず政治的慣性を是としているのは、関心がないからだ。国民が、政治に関心を持たなければ、政治家はラクである。妥当な政治をおこなっているから文句が出ないと心得違いもする。

 選挙戦は大変きつい。1つ山越えても、4年後には必ず選挙がある。選挙の目的が、政治をおこなうことではなくて、自分が当選することである。「政治によって」生きる政治家を作り出しているのは、やはり有権者である。なにがなんでも、文句を言うしかない。

 野党は批判ばかり、文句ばかりだという見解がある。ただし、良い政治をおこなっているのに批判していると考える人は少ないだろう。どうせ文句を言っても変わらない。変わらないのに批判をするのは無駄であると考えている。野党の批判を批判する国民もまた、実は、フリーライダーであり、無関心の変形である。

 文句とは注文である。注文のない料理店の腕は落ちる。注文するお客が店を育てるのは常識だ。注文しないのは、こんな店はどうでもよいと思うからである。

原則なき政治は未熟である

 いったい、政治の原則とはなにか? 意外なくらい間違っていると言わざるをえない。

 民主主義の原則が多数決というのは、大きな間違いである。それが正しいのであれば、議会におけるすべての論議は時間と労力の膨大な無駄遣いである。結論ははじめから出ている。与党の対政府質問をちらりと見るだけでわかる。政府提案を質すにしてはおおいに甘い。補強するにしては中身がなく、おべんちゃら。

 議会の醍醐味は、かんかんがくがく、丁々発止の緊張感あふれるやりとりがあってこそだ。国対政治が批判されるのは、見えないところで落としどころを決めてしまうからである。

 戦前の議会の末路は大政翼賛会できわめて不評である。しかし、斎藤隆夫(1870~1949)の、1936年5月7日、二・二六事件に対する軍部批判演説(粛軍演説)や、40年2月2日の日中戦争長期戦に対する批判演説(反軍演説)は、生活の窮乏に苦しむ国民の不満を代弁して、議会史に残る名演説である。内に立憲主義、外は帝国主義の時期ではあるが、国民の強烈な支持をうけた。こんにちの議員諸氏には、与野党問わず、議員たるものの見本として、しっかり勉強してもらいたい。

 多数決原理は、多数の少数に対する絶対的優位・支配を意味するのではない。多数は、少数の存在が前提である。数字上の少数が多数を支配することもある。つまり、数で決定することが目的ではなく、いかに、人々の自由(幸福)に役立つ決定をするかが大切である。数が正しいのではなく、よりよい決定に至ろうとすることが民主主義の本質である。

 有力な意見AとBが存在する場合、いずれかが相手を論駁すればよろしいのではなくて、AもBも理解・納得する結論Cを導くために議論するのである。現実には、党利党略・私利私欲があるから、なかなか容易ではない。容易ではないから、数で押すというのが、もっとも悪い議論である。

 政治は言葉である。「A、B」⇒「C」というのは、きれいごとに見えるかもしれないが、限りなくそれをめざす態度があってこそ、議会政治が政治としての芸術段階に入る。不幸にして、日本的政治は政治を高めようという気概に欠ける。しかし、それを本気で考えないかぎり、政治が国民の信頼を獲得する方法はない。

 近代民主主義は、西欧のルネサンス、宗教改革を経て育ってきた。わが国には、それらの歴史は存在しない。フランスでは大革命期があった。権力奪取の方法はいろいろある。物理的な手段が手っ取り早いとしても、それは何らかの制度を生み出すのみである。たまたま制度が生まれても、政治を1つひとつ組み立てていくのはさらに難しい。

 よくよく考えれば、人と人、人と社会において納得づくの合意を形成することは、難しく、それゆえ価値がある行為である。だから、芸術という表現を用いた。

 第二次世界大戦後、ナチの戦犯が国際法廷で、「自分は、国家の命令に従っただけだ」という論理を展開したのに対して、法廷は、「否、国家の上に人類普遍の原理がある」と主張し、「われわれは、それに従う義務がある」と結んだ。人類普遍の原理とは、「人間の尊厳」と同じだろう。

 昔から、自分を謙虚に、周囲に波風立てないようにというのが、健気な日本人気質である。これは、人類普遍の原理からすると、相変わらず民主主義以前である。民主主義の本質が受け止められていないみたいである。だから、「日本的政治意識の未来」は、大きく見れば、この地平から進むか否かにかかっていると考える。


◆ 奥井禮喜
有限会社ライフビジョン代表取締役 経営労働評論家、OnLineJournalライフビジョン発行人