月刊ライフビジョン | 地域を生きる

ワクチン接種の右往左往

薗田碩哉

 このところ友人たちに電話をするたびに「ワクチンの予約は取れたか」という話が出る。半世紀の付き合いがある高校の同窓生たちはみな、75歳を超えた後期高齢者だから、一般市民としてはどこでも真っ先にコロナワクチンの注射を受けられるはずの手合いである。ところがこれが住んでいる町によって、申し込みの仕方から予約の状況、接種を受ける日と場所まで、見事にばらばらである。いち早く5月の終わりに予約が取れた御仁もいれば、やっと取れたものの実施は8月だというのまでいる。一日、電話機にかじりついてダイヤルを回し続けたが繋がらず、頭にきて市役所に抗議の電話を入れたら、これがまたお話中、やっと担当者を捉まえたら「私たちもたいへんなんです」と縷々釈明され、ぼやかれて同情しちまったという話もある。

 筆者の場合、電話は到底無理と思い定めてパソコンの入力の仕方を練習し、解禁時間にそれっとばかりにキーを叩いたが「ただ今混雑しています」と撥ねられ、何度か試すうちシステムには繋がったものの予約のページに入れず、やっと入れた時にはどの日もどの会場もすでに予約満杯の×印ばっかり。探しに探してやっと見つけた市民センター会場は7月15日午後5時半という、その日の最後の時間だった。この日時は朋輩の中でも遅めの方に属する。昔からくじ運は悪かったなあとあきらめることにした。とはいうものの、ワクチン接種にはリスクがあり、さまざまな後遺症が見られるばかりか、すでに40人ほど死亡者も出ているという。そもそもワクチンの効果に疑問を呈する専門家もいるようだから、しばらく様子を見てから打つのがいいという天の配剤かもしれない。

 税金から始まって、医療でも福祉でも教育でも、お国の決めたシステムが市町村の末端まで浸透し、どこの町へ行っても基本的には同形同様の手続きが確立しているはずのこの国で、今回のワクチン接種は地域ごとにやり方が多種多様で、その限りではまさしく地方自治的で興味深いものがある。何が何でもオリンピックをやりたい政府が高齢者の接種を7月末までに終わらせるべく指令を出し、やり方自体は自治体任せにした結果である。そこで、手順がよく実行力の高い自治体と、そうでもないところとの差が出て来ている。新聞種になった首長さんの先行接種とか、「町がお世話になっている」薬局の経営者夫婦を優先してやらせようとした自治体幹部の話も報道された。私の町田市の隣りの多摩市は、手順は悪くなかったようだが、市役所の職員が「便乗」してすでに300人も接種を受けていて、その手回しの良すぎる点に市民が批判の声をあげているという。

 これまでは見えなかったのに、コロナ禍があらわにした事象がさまざまにある中で、それぞれの自治体の特性や問題点が白日のもとに晒されたことの意味は小さくないと思う。まずは普段はあんまり見たことのない知事さんたちがテレビに登場して毎日のように自粛を呼び掛けたりしているが、知事の実行力や人柄が否応なく見えてくる。東京都知事さんが果たして都民ファーストでコトに対処しているのか、オリンピック・ファースト、あるいはご自分ファーストでおやりになっているのか、だんだんわかって来た気がする。あるいは和歌山県がコロナの接種率が今のところ図抜けて高いのは、「それぞれの市町村に一番ふさわしい接種方法を決めて準備してきた結果だ」と言う知事さんの指導力もあるだろうが、この県が人口当たりの診療所の数が飛びぬけて高いという医療インフラの充実が背景にある、というような事実も見えてくる。

 市町村のレベルだと全国放送のテレビにはあんまり出て来ないが、新聞の地方版やローカルテレビなどを注視すれば、コロナ対応のうまさ・まずさがわかってくるはずである。ワクチン予約と接種がスムースに行ったかどうかという実績は、命にかかわる切実な問題だけに、市民の関心を呼び、近隣の町との比較検討もおのずと進んでいく。これが「わが町の市民サービス能力」を問い直すきっかけとなり、市長や市当局や議会の活動に対する批判的な眼差しを養い、ひいては自治意識の高揚に繋がるのではないかと期待している。

 何度かこの欄で取り上げた市民の図書館問題は、残念ながらコロナのように関心が高まることがないというものの、自治体間の格差がはっきりしているテーマである。高齢者に愛されている団地の中の小さな図書館を財政難を理由に潰そうとする自治体(それがわが住む町田市なのだが)がある一方、30億円も掛けて新しい瀟洒な中央図書館を作り始めた隣りの多摩市もあり、市民参加を呼び込んで安上がりにした地域図書館を増やしていこうとする、やはり隣りの八王子市もある。隣り近所と比較をすれば、わが町の問題点や課題がはっきり浮かび上がってくるわけだから、市民運動の側は「比較自治体学」みたいな視点を打ち出して情報交換を密にすることが重要だと思われる。


【地域のスナップ】 五月の里山は木の実の季節、木の葉の影に隠れている黄色や赤のキイチゴや真っ赤なグミの実を見つけるのが散歩の楽しみだ。食べてみるとなかなかいい味だ。もう少しすると紫色に色づいた桑の実も待っているはずだ。

   宝石のような木苺 (写真/光橋翠)

薗田碩哉(そのだ せきや) 1943年、みなと横浜生まれ。日本レクリエーション協会で30年活動した後、女子短大で16年、余暇と遊びを教えていた。東京都町田市の里山で自然型幼児園を30年経営、現在は地域のNPOで遊びのまちづくりを推進中。NPOさんさんくらぶ理事長。