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下り坂にこそご用心

音無祐作

 「人生下り坂最高」とは、俳優の火野正平さんが自転車で日本のあちこちを旅するNHK BS「こころ旅」での名文句です。自転車は下り坂が気持ちいい、人生も老いを嘆くのではなく、楽しいのは峠を越えてのこれからさ! という、何ともポジティブな言葉だと思います。同様に、もはや1年以上となる新型コロナウイルスの感染状況も、期待のワクチンで峠を越えて終息へ向かうことを期待するばかりです。

 思えばコロナ対策では、超えなくてはいけない障害が次々と立ちはだかりました。手洗い、消毒、海外渡航制限に国内旅行の自粛、イベント・興行開催制限や外食産業の苦境、マスク不足、生活必需品の買い占め、リモートワークやそれによる居住環境の変化、などなど。

 とりわけ雇用環境や経済の悪化を緩和するために、世界各国が投じた財政支出は過去に類を見ないレベルとなり、今後のワクチン開発競争や争奪合戦で、それはさらに膨らむことが予想されます。特に日本の財政はコロナ以前から借金体質がしみ込んでおり、「プライマリーバランスの黒字化」などというスローガンもすっかり忘れられたかの感があります。

 近年の震災やコロナ対策で、財政支出の増加が不可欠であったことは否めませんが、一時期アメリカで、「独自の通貨を持つ国家における債務残高増加は問題ではない」というMMT(Modern Monetary Theory)が流行した際には、主流の経済学者たちがそんなことはないと口を揃えていたように記憶しています。いまやすっかり野放しになっているのでしょうか。

 「大洪水よ、我が亡き後に来たれ」とは、資本家種族のスローガンだとマルクスが語ったそうですが、近年の与党政治家たちもこの理念の上に立っているとしか思えません。このまま新型コロナウイルスの流行が収束していけば、その次には財政支出を減少させながら経済復興も目指す、下り坂へと導かなくてはなりません。テレビ番組などで描かれる「山への挑戦物語」では、幾多の困難を乗り越えて頂上に着いてめでたしめでたしで終りがちですが、山登りで本当に気を付けるべきは下り坂です。

 関東の正月の風物詩である箱根駅伝においても、往路優勝という区切りがあるためか、登りの五区で大活躍したスター選手は、「山の神」と崇められますが、同じ道を下る六区でそのような持ち上げ方はあまり聞きません。今年のラジオ中継放送では、かつての名だたる「山の神」たちが、下りはきつい、六区を走るのは勘弁してほしいと発言していたのがとても印象的でした。

 山の神たちすら警戒する「戻り道」です。感染症対策も経済対策も、収束へ向けたこれからにこそ、慎重な舵取りを願いたい。私たちも緩むことなく下り坂、いや出口対策に注力しましょう。