月刊ライフビジョン | 地域を生きる

前川喜平氏、地域図書館を語る

薗田碩哉

 町田市にある公団鶴川団地、その商店街の一角にある小さな図書館を、あろうことか市が廃止しようとしていることに反対し「鶴川図書館大好き!の会」を立ち上げて、粘り強く市民運動を続けている。この秋には多くの市民に図書館への関心を高めてもらおうと、今を時めく「面従腹背」官僚の前川喜平氏をお招きして「生涯学習社会と図書館」と題する講演会を地区センターで開いた。

 さすが前川氏は人気がおありだ。日曜日の午後、地元の小ホールはコロナ定員一杯に近い150人の聴衆が集まり、オンラインで実況したらこちらも30人ほどが遠隔地から聴いてくれた。午前中は横浜で研究会だったという前川氏は、開口一番「学術会議の任命拒否問題」から入って発足早々の菅政権の暴挙を批判し、その違法性を鋭く突いた。氏は福沢諭吉の「学問のススメ」を引き合いに出して、学ぶ自由こそは近代人の生活の原点に据えられるべき課題であり、生涯にわたって学び続けること=生涯学習こそが豊かな人生とより良き社会を育てていく原動力だと説いて、人類の知恵の集積である図書館こそが、学びの基礎装置であると主張された。

 今日のテーマである図書館の存在価値をまずはしっかりと押さえた上で、氏は文部官僚として関わって来た教育を巡るホットな話題を次々と展開された。平和で民主的な社会をつくることを目指した教育基本法の原点、中曽根臨調以来、国家主義的教育への改変を執拗に追及してきた自民党、あらゆる人の学習権の保証―その実践としての夜間中学の取り組み、何より尊重されるべき学習者の主体性、学校を生活の中に位置づける必要、「ゆとり教育」の目指したもの―バッシングを受けたゆとり教育だが、そのゆとり世代の学力はその後の調査で決して低くはなく、むしろ高いという指摘、政治の不当な介入を排除するために設けられたはずの教育委員会の形骸化―それに対抗するために教育委員の数を増やす市民運動を興すという提案…いずれも共感を持って聴くことが出来た。

 前川氏の言う教育委員会の劣化は、我々も身をもって体験した。地域図書館の廃止計画を見直すように求めて議会とともに教育委員会にも請願を提出したのだが、その審査の日、数十人の市民が傍聴に詰めかける中で、教育長が提案した図書館削減案を4人の教育委員は、ほとんど何の意見も言わずに承認したのである。中の1人はこう言った―「これからはもう本の時代じゃありませんからね。」―「あんたね、”子どもたちに読書の習慣を”というのは市の教育プランにも書いてある大事な目標なんだよ。それも知らずによく教育委員なんかやっていられるな」と、どやしつけたい気分だった。

 前川氏はこんなことも言われた。「学んでないのは実は子どもたちじゃありません。大人の方がもっと学んでいない。大人の学力が問題です。科学技術に関する成人の知識の国際比較調査の結果を見ると、日本は参加国の下から3番目でした。」大人たちは学習権―知る権利をもっとしっかり発動して、平気でウソをつく政府を批判できるように勉強しなくては子どもたちに顔向けができまい。そのためにも時には地元の図書館へ出かけて話題の本など眺めてみるといい。しかし、残念ながら図書館を訪れる人は圧倒的少数派で、地元の町会長さんが「実はオレ、図書館に行ったことがないんだよな」とおっしゃるのだから、図書館存続運動はなかなか前に進まない。

 筆者は討論のコーディネーターを務めて、多様な話題が図書館に収れんするように気を使ったが、前川氏はそのあたりをよく呑み込んで、自説と図書館運動とを分かりやすく結び付けてくれた。最後に前川氏に「我々に贈る言葉を一言いただけますか」と投げたら、武田鉄矢の例の歌を一節歌ってくれた上で「学ぶ人が多ければ多いほど社会が良くなる。その拠点となる図書館こそ大切です」と締めてくれた。氏のサービス精神とユーモアに脱帽。前川さん、ありがとうございました。

《地域のスナップ》 鶴川図書館応援まつり

 地域の図書館をもっとみんなに知ってもらおうと「鶴川図書館応援まつり」を立ち上げ、今年は2回目。商店街の真ん中にある広場で、ブラスバンドの演奏やピエロのバルーンづくりや紙芝居を披露した。古本市も人気がある。


薗田碩哉(そのだ せきや)

 1943年、みなと横浜生まれ。日本レクリエーション協会で30年活動した後、女子短大で16年、余暇と遊びを教えていた。東京都町田市の里山で自然型幼児園を30年経営、現在は地域のNPOで遊びのまちづくりを推進中。NPOさんさんくらぶ理事長。