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権利のための闘争~秋葉原から想うこと

渡邊隆之

 11月15日の日曜日、秋葉原は晴天も手伝って、街は賑わいをみせていた。神田明神下の交差点から中央通りに向けて歩くと偶然、右手に有名な「メイド喫茶」を見つけた。結構な行列もできている。店の入口ではメイドに扮した若い女性が客の検温をし、笑顔で店内に誘導していた。あたりには穏やかな空気が流れていた。ふと、あることに気がついた。「秋葉原中央通りの歩行者天国って再開していたんだ。」

 多くの人々に衝撃を与えた、2008年6月8日の秋葉原無差別殺傷事件。当時25歳の派遣社員の男性は2tトラックで歩行者天国に進入して人を撥ね、その後ナイフで人をめった刺しにするという凄惨な事件だった。7人が死亡、10人が重軽傷を負った。同年はリーマン・ショックにより大量の派遣切り等が起き、生活困窮者のための年越し派遣村が話題になった年でもある。ネットによると歩行者天国はこの事件の後、2011年1月に再開された。今年は新型コロナ感染防止のため、3月から一時中止となったが、7月からはまた再開しているとのことである。

 あれから12年が経った。私たちの暮らしは本当に穏やかになっているのだろうか。リーマン・ショックによる不況とよく言われたが、筆者に言わせれば、それ以前の小泉竹中路線から庶民の生活は崩壊し始めたと感じていた。小渕政権で恒久的減税と言及されていた定率減税を廃止し、非正規労働の対象を拡大した結果、家計での可処分所得は大きく減り、人口減少に拍車をかけた。

 今年は年初から、新型コロナの影響による自主廃業も多く見受けられた。低賃金・非正規雇用の比率が高い女性については、10月の自殺者数が昨年の8割増しになったとの報道もある(警察庁速報)。

 菅首相は所信表明演説の中で不妊治療への保険適用に前向きな発言をしていたが、人口減少は1973年のオイルショック以降から続いているし、バブル崩壊後は子育てどころか自分ひとりを養うにも苦労する事態に陥っている。非正規雇用になったことから精神を病み、ひきこもりのまま中高年に突入した方もいる。

 小泉政権以降、自助・共助・公助というが、現在生活に苦しんでいる方々に自助が足りないとは思わない。それどころか、新たな産業への設備や将来の人材への投資を怠ってきたこの国の、政治による犠牲者ではないのか。最近はSDGS、持続可能な社会というキーワードをよく耳にするが、当初よりそういう感覚があれば、よりよい制度設計が実現されていたであろう。

 帰り際、東京メトロ秋葉原駅横の「書泉ブックタワー」に立ち寄り、1冊の文庫を手に取った。タイトルはイェーリング著「権利のための闘争」。表紙にはこうある。

 ~自己の権利が蹂躙されるならば、その権利の目的物が侵されるだけではなく己れの人格までも脅かされるのである。権利のために闘うことは自身のみならず国家・社会に対する義務であり、ひいては法の生成・発展に貢献するものだ~

 先の桜を見る会前夜祭のホテル料金については、安倍首相が虚偽と思しき答弁を続け、審議時間を空費した。菅政権でも「答弁を差し控える」の一点張り。「代議士とは何をする人だったのか」と疑問に思う場面ばかりである。さらに、菅政権の中枢には、多くの国民が苦杯を舐めたあの竹中平蔵氏がいる。コロナ禍のドサクサ紛れの中で可決されたスーパーシティ法案や、一層格差社会を助長させる危険がある独自のベーシックインカム論等も、彼の提唱するところである。

 かの轍を踏むことのないよう、また、愚劣な政治による犠牲者を出さないようにするためにも、主権者たる国民が毅然とした態度で対峙しなければならない。注視を続けたい。