月刊ライフビジョン | ビジネスフロント

素材テクリンピックの行方

音無祐作

 自動車レースの最高峰といえば、F1を思い浮かべる方が多いことでしょう。現在、F1のタイヤはピレリ社1社のワンメイクとなっていますが、日本でF1がブームとなった1980年代から90年代にかけては、グッドイヤーの独壇場にピレリが割込み、やがて台頭してきたブリヂストンがグッドイヤーを撤退に追い込むと、今度はミシュランが登場するといった、激しいタイヤ戦争に盛り上がったものでした。

 日本国内で人気の自動車レースには、スーパーGTというカテゴリーがあります。こちらは、市販車の形をしたレーシングカーによるレースで、かねてから激しいタイヤ戦争が繰り広げられています。ファンにとっては、「今日のコンディションでは、ヨコハマが有利だ」「いやいや、最近はミシュランが力をつけている」「やっぱりブリヂストンだろう」などと、タイヤメーカーの闘いという楽しみ方もありました。

 レースといえば、今年の箱根駅伝は大変な記録ラッシュでした。区間記録を出したランナーが、ミズノを使用する10区の創価大・嶋津雄大選手を除いて全員、ナイキの厚底シューズを履いていたことは、大きな衝撃として伝わりました。今回はなんとか、ナイキのシューズも今後とも使用可能となり、新たに底の厚さやプレートの数などに規制を設けたり、発売時期をレースの4ヶ月以上前と限定したり、「誰もが手に入れることができる」といった条件を付けたレギュレーションが設定されました。数年前、競泳用水着においても同様の事案がありました。その時には該当する水着が使用禁止になるということで落ち着いてしまいましたが、その後も各社による開発競争は続いているようです。

 スポーツを純粋にアスリートの力比べとして捉えるファンにとっては、競泳の水着も今回の厚底シューズも、そのような革新的なテクノロジーの活用は邪道と映るのかもしれません。しかし、今や選手を支えるテクノロジーは、テーピングからトレーニング方法、日々の食事やサプリメントといった数々のテクノロジーにあふれています。努力の結果、極限まで能力を高めた選手同士が、自分に合ったアイテムを見つけ、活用して勝負に挑んでいるのです。

 努力しているのは、アスリートだけではありません。ナイキの技術者は日夜研究開発を続け、件のヴェイパーフライを産みだしたことでしょう。ナイキに負けるなと、ミズノやアシックス、アディダスといったメーカーの技術者も、東京オリンピックでの採用期限となる4月までの市販を目指して、今も必死に努力しているはずです。

 そうした技術者たちの努力を「邪道」として片づけてしまうのは、あまりにも寂しく、そうであればいっそのこと、限定されたレギュレーションの中で、シューズやウェア、その他さまざまなテクノロジーやそれを開発する人たちにまで脚光を当てたチームに注目するというのも、素材テクリンピックにふさわしい楽しみ方ではないでしょうか。

 さて、本稿が公開される頃には、東京マラソンで優勝した選手が何を履き、どんな記録を出したか話題になっていることでしょう。