月刊ライフビジョン | 論 壇

会社乗っ取りと闘う前田道路労働組合

奥井禮喜

TOBをかけられた前田道路

 1月20日、ゼネコン準大手の前田建設工業(前田操治社長)が、道路建設業界大手の前田道路(今枝良三社長)の発行済み株式の51%取得をめざすTOB(Take-Over Bid 公開株式買付)を発表した。前田建設は、現在、前田道路の株式約25%を保有する筆頭大株主である。前田建設は、前田道路の連結子会社化をめざす。公開株式買付期間は、1月21日から3月4日である。

 前田道路は事前の話し合いで強硬に反対の立場を貫いており、前田建設は、前田道路の株式市場価格にプレミアムをつけて3,950円で買い付ける。前田道路の株主は、前田建設以外には、外資系投資会社、国内信託銀行、前田道路社員持ち株会などである。

 前田建設は資本金284.6億円、前田道路は資本金193.5億円、従業員は単体で前田建設が3,083人、前田道路が2,219人である。2019年に創業100周年、前田道路は1930年にアスファルト工事の草分け高野組として創立し、1964年に前田建設との業務提携関係に入り、68年に前田道路と社名を変更、72年には東証一部に上場した。

 この件について、昨年から両社ワーキンググループが議論をおこなってきたが、企業戦略について合意が成立しなかった。前田建設が見切り発車した。企業文化が大きく異なるし、前田道路としては、経営の自主性が担保されるかどうか不信感があった。これは非常に大きな問題である。

前田道路の不信感が証明された

 戦略について、前田建設は、「これまでの道路舗装工事の受発注を中心とした協業体制を強化し、グループとしての一体感を高めて、高い技術力、強い購買力、顧客資産などを共有し、効率的に活用する」と主張する。しかし、提携関係にあるとはいうものの、前田建設からの受注は、前田道路の売上高の0.76%でしかない。世間の親会社・子会社の関係とはまったく異なる。

 前田建設は総合インフラサービス企業をめざしている。しかし、前田道路からすると、資本統合による企業結合のシナジー(相乗効果)が見いだせないと主張する。前田建設は、子会社化しても、前田道路の独自の経営を最大限尊重するというのであるが、格別具体的なことが提案されているわけでもない。世間の親会社と子会社の関係を見れば、前田道路の不信感が簡単に除去されない。

 そんな経緯での、いわゆる敵対的TOBが開始したのであるから、仮に株式買付が51%に達したとしても、まず、内部の意見調整が円滑に進む可能性は極めて低い。株式公開買付は、経営権の掌握を目的としておこなわれる。前田建設がTOBを発動したのだから、客観的にも事前の前田道路の不信感が証明されたというべきである。

前田道路労働組合の怒り

 突然の話に社内は騒然とした。前田道路労働組合(松浦孝委員長)はTOB開始が告知された直後の1月23日に臨時組合大会を開催した。席上、松浦委員長は、TOB反対の理由を要旨次のように主張した。

 「事態は、組合活動始まって以来の危機である。前田建設には労働組合がない。2008年には、同社は大々的なリストラ(人員整理)をやった。労働条件悪化の危惧もある。前田道路労使は、先日逝去された故岡部正嗣社長時代から現在の今枝社長までの三代にわたって、労使が徹底して協議したなかから労使関係を確立してきた。

 道路業界においても、ゼネコン親会社の意向で大々的にリストラがおこなわれたのは記憶に新しい。故岡部社長以来、苦しくても働く人を守る経営をおこなってきたのが当社の労使関係であり、連結子会社化を唯々諾々了解できない。

 実際、前田建設は大株主ではあるが、世間で言うような親会社ではない。仕事の関係はほとんどない。

 事件勃発以来、組合員はTOB断固反対だという声が組合に寄せられている。当社の経営方針は、現場の自主性にこそあり、われわれが労使で築き上げてきた職場を守らねばならない」

 さらに松浦委員長は故岡部社長が世間でリストラ真っただ中のときの組合に対する発言を紹介した。「世間では、公共工事の縮小、競争激化、建設コストの上昇により収益が落ち、リストラする会社があるが、前田道路は1人もリストラするつもりはない」

 この言葉は大会に参加した1人ひとりの気持ちを奮い立たせるに十分であった。なぜなら、この言葉にこそ、「企業は人なり」の確固たる精神が表現されているのであり、経営陣が逆風に耐えて、リストラをしなかったのは、誰もが評価している。すなわち、仕事するのは1人ひとりであり、人を大事にしないような企業で働くのは嫌だという琴線に触れたからである。

 組合大会では満場一致で、「TOB断固反対」の決議が採択された。組合の主張は、雇用安定、労働条件の維持・向上であることは言を俟たないが、根本にある最大の危惧は、人よりカネの経営に対する憤りである。

 両社のシナジーを高唱しつつ、敵対的公開買付に出たことに対しても怒りの矛先が向けられている。

 また、働くということは、単に賃金を獲得すればいいのではない。働くことを通して、組合員1人ひとりが人生を作っていくのである。前田建設経営者に、そのような見識があるか。これを痛烈に指摘している。

前田道路(会社)の見解

 1月24日、前田道路は、「公開買付に関する反対意見」を表明した。

 「1968年以来、提携関係にあるが、取引は売上高の0.76%に過ぎない。当社は、省人化・技術開発・人材育成に尽力してきた。

 前田建設が主張するシナジーには具体性がない。これでは、企業価値に貢献しない。

 現実の経営を比較すれば、営業利益で、前田道路10.34%に対して、前田建設は5.46%。EBITDAマージンでは、前田道路13.55%である。当社は、株主還元に尽力してきたが、このTOBが成立すれば、資本市場の評価が乏しい企業によって経営されることになる。

 組合からTOB反対の意見をもらったが、その内容を見れば、従業員がTOB後の経営に対して離反するのは明らかである。

 前田建設は、しばしば当社の内部留保を活用したい旨の発言をしている(から、本音は当社の資本に関心がある)。

 今回のTOBについては、香港のファンド(もの言う株主)が、前田道路にTOBをかけようとしているから、先手を打とうと言っていたが、その一連の流れについては全く説明せず、(株主に対して)虚偽説明をしている。

 また、当社株式を51%取得しても、あるいは、できなかった場合についても、なんら具体的な扱いが表明されていない」

 前田道路の説明からは、前田建設による連結子会社化以後の経営戦略が杜撰なものであることが伺える。両社提携してシナジーを上げるというのであれば、当然ながら経営戦略を緻密にすり合わせなければならない。ところが、その大切なプロセスをちょん切って、はじめに連結子会社化ありに走ったのであるから、金看板のシナジーが偽りありに見えるのは無理もない。

親会社と子会社

 親会社になりたいほうが、自社を連結で大きくしたいという理屈はわかる。しかも子会社が優良企業なのだから尚更である。しかし、事業活動は経理数字だけで万全になるものではない。くっつこうが、離れようが、第一に考えなければならないことは両社の事業成果が大きくなることにこそある。

 世間の親会社・子会社の関係を見れば、親会社は子会社の自立発展を願って応援するのが筋道である。親になろうとするほうが、子どもに寄りかかるのであってはならない。事前のワーキンググループで、前田道路のメンバーが、子会社になりたいと思わないのであれば、たまさか株式を掌握しても一時的なメリットでしかない。

 まして、子会社の従業員まで不信感が浸透しているような事情において、もし連結子会社化が実現したならば、前田道路の士気はがたんと落ちる。早くいえば、今回のTOBは、大会社が持たねばならぬ長期的戦略の心がけが欠落しているがゆえの短慮であり、離陸しようとする飛行機が失速しているのと同じである。いままで、世間には、企業買収や合併がわんさかあるが、いずれも、新しい企業体としてのアイデンティティーを緻密に討議し、納得した上で実施しているのであり、買いさえすればよいというような感覚で取り組むとしたら、それは経営者として失格と言うしかない。

 世間の親会社は、子会社が独立独歩で戦えるように育てるのが課題である。しかし、今回のケースは、どう見ても、親になりたいほうが寄りかかろうとしているという見方を払拭しにくい。

 故岡部氏は、当初前田建設の副社長であった。1992年に前田道路へ転籍して、道路業界屈指の地位に育てた中興の祖と見られている。前田道路を一族経営ではなく、プロパー社員から社長が登場する布石を打った。世間のオーナー社長は、概して、「わしの会社だ」「鉛筆一本までわしのものだ」「わしが会社だ」という意識が強いから、プロパー社員が社長になるという気風は決して無視できない、価値ある企業文化である。

 前田建設社長の操治氏は故岡部氏の甥に当たる。因縁話めくが、岡部氏の通夜と葬儀が1月18日と19日に執り行われた。前田操治氏が、前田道路を訪れてTOBを通告したのが1月20日であった。これが極めて強いインパクトになったであろうことは、外部の人間にも理解できる。

組合の決心

 とはいえ、すでにTOBは始まった。通常の組合活動のカテゴリーを超えている。さりとて、ただ拱手傍観しているわけにはいかない。組合が直ちに臨時大会を開催してTOB反対を決議したのは、労使挙げて企業の発展を創造してきたのだという自負と誇りである。いわば多くの社員が「自分の会社だ」「自分が会社を作ってきた」という気概である。

 組合(従業員)が、前田道路の企業文化を作り、支えているのである。仮にTOBが成立しようが、失敗しようが、組合が取り組むことは1つである。

 すなわち、資本を握ればなんでもできるというような傲慢な経営者に対して、組合の決然たる態度を示す。経営が上意下達で迫っても、実際に働くのは組合員(従業員)1人ひとりであり、組合員が納得できるような経営をしなければ経営は動かせないということを知らしめたいという気持ちである。

 いまや日本でも、企業買収は通常の経営戦略だというが、企業活動の核心は、ノウハウ・技術を持ち、一所懸命に働く1人ひとりの従業員の活動である。組合の調査では、従業員の84.1%がTOBに反対し、もしTOBが成立すれば22.4%が離職を検討すると回答した。さらに一定期間様子を見て不満があれば離職を検討するが54.3%ある。離職をまったく検討しない人は8%でしかない。この数字は極めて重大である。

 まさに、カネ(資本)対人間(労働)の闘いである。


奥井禮喜
有限会社ライフビジョン代表取締役 経営労働評論家、OnLineJournalライフビジョン発行人