論 考

人間性の不可解

 ざっと140年ほど前に、ランケ(1795~1886)が、国王マクシミリアン2世と世界史について交わした対話がある。

 ランケはドイツ近代歴史学の祖とされる。

 王が、「現在は昔よりはるかに道徳的に優秀な人間が多いと考えてよいだろうか?」と問うたのに対して、ランケは、「そういうことを主張することはほとんど不可能だろう」と応じた。

 そして「なぜなら道徳は各人の人格と強く結びついている」。「人道性のようなものは進歩するだろうけれども——」と続けた。

 いかに文化・文明が進もうとも、1人ひとりは、なにも知らない状態からそれぞれの人生を歩んで人格を形成していく。

 社会の道徳・倫理が理論的に高められても、それが生まれてくる各人に備わっているわけではない。

 「後世になるほど道徳的に高次に能力づけられた人間が増加するということは考えられない」。これがランケの結論であった。

 本日の読売社説「国際協調の衰退 トランプ流の拡散を懸念する」を読んで、王とランケのやりとりを想起した。デモクラシーというものは、誰もが政治家を選ぶ自由を手にしたけれど、それが外れると世界中が混乱に巻き込まれる。

 人を選ぶには、人を見抜く理性を養わねばならない。いかなる時代にあっても、人間は未熟かつ危ない存在なのだから。