月刊ライフビジョン | コミュニケーション研究室

責任逃れを許さぬねちっこい報道を!

高井潔司

 今月も何をテーマに取り上げるか迷った。元新聞記者としては、常に新しいテーマ、新鮮な視点を心掛けている。時には読者の皆さんの予想外のテーマも取り上げてみたい。

 にもかかわらず、今月はやはりモリカケ問題などをめぐる安倍政権の体質をテーマに選択した。というのも、大学のメディア授業で学生のレポートの中に「マスコミはいまだにモリカケ問題ばかりを取り上げている。北朝鮮の非核化やシリア内戦などもっと重要な問題があるのに」といった意見が散見されるからだ。学生たちはその実、新聞やテレビを見てそう言っているわけではない。ネット上で、そうした意見がふりまかれ、鵜呑みにしているだけだ。実際、新聞、テレビは北朝鮮やシリアの問題もその都度詳しく報道している。

 誰でも匿名で情報発信できるインターネット上では、数十人いれば、フェイクニュースや根拠のないでたらめな意見も拡散できるし、炎上させることもできると言われている。脅迫メールなど明らかな犯罪的発信は、匿名発信でも検挙されたり、ネット上から削除することもできるが、少々の偏見やフェイクニュースはまかり通ってしまう。憲法で保障された「表現の自由」を尊重せざるを得ないからだ。

 対策としては読者、利用者自身が情報を見極める目を持たなければならないのだが、残念ながら「スマホ命」とばかり、スマホ以外に情報のチャンネルを持たない若者たちは、一途にネット情報を信奉してしまう。

 「モリカケ問題はいい加減にしろ」程度ならまだしも、ネット上では悪意に満ちた世論操作が展開されている。首相、加計学園サイドの巧妙な働きかけを受けて獣医学部を誘致した愛媛県及び県知事はとんでもない中傷を浴びせられている。首相秘書官に「会った覚えはない」とそでにされ、それではと会見の経緯を示す文書を公開すると、ネット上で知事を誹謗中傷する書き込みや動画が拡散し、「愛媛県」でグーグルを検索すると、中傷とフェイク情報が上位に登場する。誰かが意図的にやらせているのだろう。

 マスコミが執拗にモリカケ問題を追及しているのは、決してそれを自己目的にしているわけでも、それによって安倍政権潰しを狙っているからでもない。首相や首相夫人がモリカケ問題に関与しているのではという疑惑に関して、政府が関係文書や記録を隠したり、上に立つ者が責任転嫁や責任逃れをしているからだろう。文書は廃棄したと言い募り、言い逃れが難しくなると文書の改ざんを図る。「記憶にない」が通らなくなると、「訴追の恐れがあるので証言は差し控えたい」と逃げ回る。一つウソをつくと、それを言い繕うためにまたウソをついて塗り固めていく。

 国会の証人喚問をそう切り抜けた佐川元国税庁長官は結局不起訴の方針というから、「訴追の恐れがある」という証言こそ偽証ではなかったのかとも言いたくなる。「真相を究明することで責任を果たす」という安倍首相、麻生財務相だが、あなた方が疑惑の最大の対象であり、あなた方が真相究明の最大の障害であるのだから、さっさと責任を取ってやめるべきだろう。でなければいつまでもモリカケ問題が続く。

 先月はモリカケ問題に加え、日大のアメフト部選手の危険なプレー問題がマスコミの大きなテーマになった。事件に関係した選手や監督、相手チームの関係者の記者会見が延々と中継された。これには「アメフトより大事なニュースがあるだろう。モリカケはどうなっている」と声を挙げたくなったものだ。でも、日大アメフト問題では、問題が進展するにつれ、監督や日大当局が選手に責任を押し付け、逃げ切ろうとする構図が徐々に明らかになり、キャスターなどのコメントにも、「この構図はモリカケ問題の首相、政治家の責任逃れを思い起こさせますね」という発言が増えるようになった。首相の責任隠しは組織的で巧妙だから、騙されやすいが、アメフトの場合は広報対応も稚拙で、責任逃れの構図も比較的簡単だ。何より当の加害選手が明確に自身の行為を説明し、責任を取る潔さが監督、コーチの欺瞞を照らし出してくらた。モリカケにはこの選手のような潔い人物がいない。自己保身に走る者ばかり。籠池夫妻も、事件が発覚した後、すべての罪を背負わされそうになったので開き直ったに過ぎない。

 記者時代、粘り強い取材を叩き込まれた。なかなか習得できるものではないが、いまなおそういう精神が教育されているに違いない。何しろ相手は政治生命、役人生命、監督生命を賭けて逃げ切りを目論んでいるのだから、それに対応するねちっこさが求められる。「いつまでモリカケばかり」というエセ世論に臆せず、追及を続けてもらいたいものだ。しつこくモリカケを書き連ねる私の駄文も、記者の皆さんのねちっこい取材を励ますためだ。

 日本を覆っている指導者が責任を取らない組織文化を、どこかでしっかり断ち切らないと、戦前のような軍国主義の暴走とその跋扈を阻止できなかった翼賛政治の悪夢が蘇ってくることになる。

 と、ここまで書いていたら、またウソのような”釈明“が今度はカケの方から飛び出してきた。獣医学部新設をめぐって、安倍晋三首相が2015年2月、学園の加計孝太郎理事長と面会し、計画の説明を受けたと加計学園から聞いたとする愛媛県の新文書について、「当時の担当者が実際にはなかった総理と理事長の面会を引き合いに出し、県と市に誤った情報を与えてしまった」とするコメントを加計学園が発表したというのである。

 愛媛県や今治市にウソを言うくらいなら、首相と理事長は昵懇の仲であり、理事長に陳情してもらえばいいはず。実際に陳情していないわけがないと誰もが思うだろう。

 愛媛県や今治市の関係者と「面会した記憶はない」というのに、「面会の結果について首相に報告したことはない」、の方ははっきり覚えている首相秘書官といい、またウソの上塗りをしようとしているのか。モリカケ問題は真相が明らかにされるまで疑惑を深めながら続いていくことだろう。逃げ込みを許さないためにも、粘り強く問題を見ていかねばならない。


高井潔司 桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て現職。