論 考

日米同盟の危険な変質

筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)

 日米同盟の建前は対等だが、上っている階段の段差が大きい。誇り高き外務省のことだから、非対等などとは口が裂けても言わないだろうが、関係者以外の目にはとても対等に見えない。遺憾である。一方で、アメリカ以外の国に対しては優越な態度をとるように見える。これは感心しない。

 もしもアメリカともっとも親密な国だというつもりで他国に接するならば、アメリカの威光を笠に着て、何様のつもりだと反感をもたれるし、乱暴者の威を借るキツネだと軽蔑される。日本人気が下降するばかりである。

 対米関係に細心の注意を払わざるを得ないのが政府の立場だろうし、それが理解できなくはない。しかし、微妙な考え違いが大きな外交的失態を招く。日米同盟はトップが代わっても、維持されるのが国と国との関係である。しかし、どんな人物がトップになっても同盟のあり方が不動というものではない。

 相手トップの見識、発言、行動の内容を無視して、何がなんでも同盟絶対の選択をするのであれば、それは同盟の意味の誤解である。相手が間違った発言・行動をするのに、不問にし、同盟親密関係深化一直線なんてことをやれば、間違いを拡大することになって、一国の間違いを助長拡大してしまう。トップが国を代表するというのは形式である。もし、トップが好きなように国を運営するなら、それは全体主義である。これは、日本の好みではなかろう。

 トランプのような人物が大統領に就くのは、想定外だったろう。過去の大統領は民主党だろうが、共和党だろうが、経験的に常識の範囲にあった。しかし、トランプは大きく異なる。国内問題についてトランプが何をやろうと、米国民が考えればよろしいし、同盟といえどもそれに介入するべきではないが、国際問題となればそうはいかない。道連れにされてしまうのはご免だろう。

 とりわけ、アメリカの世界政策がいかなる意図に基づいて展開されているか。改めて考えておきたい。実際のところ、アメリカはトランプ登場の前から、戦力だけに頼る世界平和という軍事概念が最優先である。平和は政治概念であって、軍事概念を国策とする考えでは、必ず軍国主義になる。トランプは、はじめから力による平和を押し出してきたが、これはもともとアメリカの体質である。

 トランプは、それをさらに自国最優先にしているから、つまりすべては最強国自身が決めるのであって、自国以外はすべて意のままにする考えである。これに全面的に同意するのは自ら属国への途を選ぶようなものだ。対等の同盟どころの話ではない。日米同盟の変質を惰性的に眺めるべきではない。