NO.1659
トランプ・高市似た者同士、いささか恥ずかしくなる過剰演技の会談であったが、空母上での高市ミーハーと同じ流れにあった。好き嫌いは別として直観的感想である。―高市はトランプ流を演じぬいた。トランプからすれば、どこかで見たような光景、それもそのはず、トランプのいやらしさを鏡に映して見せた次第だ。右翼のホメ殺しでリクルート事件疑惑から失脚した竹下登(首相在任1987~1989)を思い出した。
妙なお土産をもらってこなければよいが、というのが事前の懸念であった。表向きはやれやれ一安心と言えなくもないが、ショーと取引は別物。陽動作戦に目を奪われて、何が取引されたのか見落としてはならない。「日本は十分に取り組んでいると思う。NATOとは違う。」というトランプ発言はホメ返しだけではなかろう。
欧州各国首脳は、いずれも人間としての品性、政治家としての見識に基づいた発言をする。その点、「世界中に平和と安定をもたらせるのはドナルドだけ、諸外国に働きかけしっかり応援したい。」という高市発言を、社交辞令として見過ごすわけにはいかない。
いったい、トランプが登場以来、世界に平和と安定の兆しでもあっただろうか。ウクライナ戦争は、まるでプーチンに肩入れするごとしで、ウクライナを弱体化させるために動いている。イラン戦争をみれば、戦争を始めたのはトランプである。ホルムズ海峡封鎖は世界中大迷惑だが、少なくともイランが先走りしたのではない。トランプとネタニヤフのイラン攻撃で追い込まれたのである。軍事力に劣る国が巨大な相手と対抗するには地の利を最大限活用するのは当たり前だ。
忘れてならないのは、高市は日本の首相である。まともに世界を認識できない人物を首相閣下と呼ぶ気になるだろうか。わたしは、上下だろうが左右だろうが、間違った認識を是認したくはない。
高市発言の後ろ部分はあいまいで、いわばトラストミーと言っただけであるが、トランプは「日本は十分に取り組んでいる」と言った。表面上の約束はないが、トランプが評価した裏に何か隠されているのかいないのか。イラン戦争がさらに長期化すると、トランプからの強い要求が表面化するのではないのか。
記者会見で、ホルムズ海峡への艦船派遣は求められたか問われて、「機微のやり取りだが、ホルムズ海峡の安全確保が非常に重要だということだった。日本の法律の範囲内でできることと、できないことがあるので、詳細にきっちりと説明した。」というのが高市答弁だが、流れに違和感がある。艦船派遣要求も、対する法律の範囲内応答も格別複雑な問題ではない。機微とは、容易には察せられない微妙な事情である。ここに、前述トランプによる評価の実質が隠されているのではないだろうか。
トランプ主催夕食会で、「強い日本、強いアメリカ、豊かな日本、豊かなアメリカ、私たちはこれらを実現するための最強のバディだと確信しています。」という高市発言には苦笑した。バディには、buddy(相棒)もあるし、baddy(悪漢)もある。わたしとしては、後者がぴったりするが。
政治家には人間の品性と政治的見識が不可欠だと痛感する。それがしっかりしていないから、政治が行き当たりばったり、その日暮らしになる。選挙で勝つことしか頭にない政治家が多すぎる。その結果、幅を利かせるのは政治屋ばかりである。それがいまの日本の政治的状況だ。トランプのようなアウトローが超大国の大統領になり、力の支配を振り回すとき、政治屋集団では、いくら数が多くても役には立たない。日本は経済も政治もとっくに二流三流だ。その自己認識に腰を据えて、日本国憲法を熟読沈思黙考することから歩み直したい。トランプとの相棒など真っ平ご免だ。
