筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)
28日、期日前投票に出かけた。事前に選管に電話で問い合わせると、投票会場で投票日・氏名・住所を用紙に記入して本人確認するだけ。手ぶらでどうぞ。最高裁裁判官審査が来月にならないと間に合わないという。無茶な解散を仕掛けられたのだから選管職員も大変である。非常に丁寧明快な応答で感心した。
ちょうど曇り空、陽ざしが欲しい。風が強くなかったのでよかったが、やはり寒い。わたしは乗り物を除くと徒歩往復30分程度なので騒動するほどのことはないが、おりからもっとも寒さが厳しい季節、大降雪の時期だから、寒冷地のみなさんは大変だ。日本全国、勇んで投票したい人が多いとは思えないし、今回の衆議院議員選挙は投票率が相当下がるに違いない。
こんなことを考えれば、大義名分なき解散総選挙を仕掛けた悪質さがさらに輪をかけて腹立たしい。こんなムダ金を平然と使うような高市が、「責任ある積極財政」などと、恥も外聞もあったものじゃない。
わが政治家諸君は、どう見ても政治といえば選挙第一だ。与党の連中はしてやったりなんだろう。程度の悪い政治家連中が、またぞろ幅を利かせるようになる。どう考えても、政治の質が向上するとは思えない。昔から、勝てば官軍でいろんな経緯などけろっと忘れる連中ばかりだ。記憶するのは、せいぜい勝った・負けたの二者択一で、選挙が新しい政治的価値を生むなんてことは、およそ考えられない。後味の悪い選挙が生み出すのは、政治に対する不信感と無関心層の増大でしかない。
カエルのツラに水ではあるが、言うべきことは言わねばならない。政治家が信頼を失う事態から政治の質が向上するわけはない。歴代自民党の政治家の本音は、自分たちの支持者以外は無関心層がふえるほど歓迎である。それが社会のレベルをどんどん下げることなんか知ったこっちゃない。
黄金の国ジパングを見物に来るだけではなく、世界中から、日本で生活したいと願う人々が増えることこそ、世界の中で輝く外交の真骨頂だ。ところか、明治から155年もすぎて、攘夷論を振り回す連中が多いのだから、何をかいわんや。このお粗末にして未熟な精神の国が光彩を発するわけがない。
ぼやいていても仕方がない。モップならぬ大衆、いやしくも一億二千万分の一であることを銘記する人は、これが現実、この現実からいかに立ち上がるか。元気を失えば、おかしな奴の天下になる。このばかばかしい選挙を骨の髄までしみわたらせて、決して忘れず、政治的成長の道標にしたい。
