筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)
トランプが、米軍駐留費用に言及したことについて、防衛省は「想定外であった」と報道された。おそらく、安倍内閣時代から防衛装備を馬鹿買いして、防衛予算もGDPの2%に向かって走っているので、アメリカに対して十分に貢献している(?)と思っていたのだろう。
意地悪で批判するつもりはないが、お国の防人たる当局が、何を言い出すかわからないことが天下周知のトランプ発言について「想定外」なんて言葉を使うのは、これこそが想定外である。のんき坊主じゃあるまいに。
軍隊なんてところは、他者を欺くこと当然のごとくだと、わたしは思っていた。嘘や、奇襲は戦術である。他者に対してだけではない、かの太平洋戦争の際、赤紙でかき集めた新兵に対する歓迎の挨拶は、「中隊長はお前らの父であり、班長は母である。古年兵は兄である。困ったことがあったら、なんでも相談せい」と甘言を弄しつつ、翌日から新兵の周辺は「鬼ばかり」であった。
まあ、自衛隊が民主的軍隊に変身したのであれば悪くはないが、前門の虎、校門の狼くらいの覚悟と警戒心を確保していないのでは心細い。これ、一難去ってまた一難の意味である。
最近では、ウクライナがどんな扱いを受けているか。まさか、別世界の出来事と考えているわけはなかろう。バイデンから、トランプに交代したとしても、ウクライナへ攻め込んだのがロシアであるという事情くらいは共通理解していると思いきや、トランプは明らかにロシアに同情的であって、まるでウクライナが戦争を始めたかのような発言を繰り返している。
つまり、日米同盟なんて言葉に安心没入していると、気がつけば谷底真っ逆さまという危ない事態にはめられるかもしれない。
トランプ以前から、アメリカが日本に基地を作りまくったのも、憲法第九条をもち、専守防衛する国だから守ってくれるのではない。東アジアにおける、中国・ロシア(ソ連)に対する前哨基地であって、その本音は、アメリカ国の防衛に供するためである。米軍基地は、日本のためではない。
こんなことは常識中の常識であると、わたしは思っていたがいまや防衛省にいては、日米合体、一体化の気分でいるのではないのか。これは、絶対に間違いだ。防衛省において、防人意識が希薄化しているのであろうか?
防衛ということから考えれば、敵に相対する以前に、国内の意識がまとまらねばならない。ところが、沖縄になにもかも押し付けて、沖縄の苦悩など本気で考えるおつむでない。離島の人々の避難対策など、誰が考えてもアリバイ作りみたいなものだ。
日米行政協定における、日米間のアンバランスは、かねてより批判されている。防衛省としては、これに対する問題意識を確保して、つねに米国に改定を求める態度が必要だ。石破氏の年来の主張というだけではない。
ところが、沖縄にせよ、行政協定にせよ、アメリカの要求にご無理ごもっともの態度が日常化しているから、まさに対米外堀を埋めたのと等しい。こんな調子だから、貪欲なトランプが、「取れるところからトル」路線で、踏み込んできたのである。
赤沢氏が、突然トランプが出て来たことについて、自分は「格下の格下」と発言した。舞の海と曙のたとえを出して、批判する向きもあるが、「韓信の股くぐり」という考えもある。お調子者のトランプを「ほめ殺し」する手もある。このように考えれば、注目されていないが、防衛省の「想定外」発言のほうが、よほど深刻な問題である。
