筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)
1月3日早朝、合同捜査当局が尹氏の逮捕のために、ソウル漢南洞の大統領官邸に到着したが、大統領警護庁との折衝が整わず、5時間半ほどで本日の執行を停止して退出した。執行停止の理由は現場の安全のためという。
12月3日の尹氏の戒厳宣言と撤回から1か月、捜査当局が慎重を期して動いたものの、すんなりとは運ばない。
韓国の新聞論調は、保守系も含めて尹批判を強めている。当初、尹氏は法廷で存分に戦うと表明していたが、その後の動きはほとんど見えない。
唯一報道されたのは、1月1日尹氏署名入りのメッセージを、官邸前に集まっている支持者に差し出した。「国内外が主権侵害勢力と反国家勢力の蠢動で、大韓民国が危ない。だから、自分は最後まで戦う」という内容(要旨)である。
韓国の政情は、保守全体が陰謀論的世界観に陥ったと指摘される。尹氏自身が、極右のユーチューバーに全面的に依拠しており、陰謀論を拡散するSNSの能力に大きな期待をかけているとされる。
右翼ユーチューバーの主張は、昨年4月総選挙がインチキだった。尹弾劾の賛成派は北朝鮮に従う勢力だ。だから、戒厳令はやむを得ずの手段だったというのがストーリーである。
また尹氏は、朴槿恵氏が逮捕されたのは世論形成力が弱かったからで、尹支持の世論を高めれば活路が開けると考えているようだ。
ただし、それは戒厳宣言が正しいということであり、宣言撤回の以前に時間を戻すことである。それはまったく不可能ではないかもしれない。もし、そうなればまさに国論は真っ二つに割れる。そして、1987年以来、人々が大事にしてきた韓国の民主主義をそれ以前に戻すことになる。
もう一つの懸念材料は、たくさんの人が亡くなった務安空港事故である。それが直接の問題ではないが、2014年セウォル号事件、2022年梨泰院事故が大きな社会的不安定を引き起こしたことを想起すれば、冷静になるべき時に混乱が深まるのは大きな懸念材料である。
また、野党・共に民主党の李在明代表が複数の刑事事件訴訟の人物だということも看過できないだろう。これが、戒厳令の原因だというところに結び付くとまことに厄介である。
なにしろ現在の韓国は、全体指揮者が不在である。まさに、司、司の判断が積み重なって事態が動くので、悪くすれば、不安定、無定見、不決断のまま事態が複雑化しないとも限らない。
尹氏が「大統領職」を汚さないように期待する。