論 考

正気であること

 核兵器の使用も威嚇もいけない。あまりにも被害が大きく、非人道的であるからだという。まったくその通りである。

 さらにいえば、すべての武器は被害の範囲が直接的で限定されるとしても、だかといって人道的という評価はできない。

 つまり核兵器非人道的論は、力の均衡を否定する論理でもある。

 広島にG7の首脳が集まるのだから、核兵器廃絶に向けての出発点にせよという声には賛成だが、期待はできない。

 G7自体が力の均衡論を床の間の掛軸として思考し行動しているのだから、核兵器だけが別格だという論拠に立てないだろう。

 そもそも戦争なるもの、正気の人間がやることではない。論理はそうなのだ。現実は世界のリーダーたる立場の人々が、得々として力を誇示する。メディアも当然のように報道する。

 正気でない世界の真っただ中で、個人が自分の正気を維持するのはなかなか容易ではない。

 しかし、当てにならないイベントでの他人に期待するよりも、自分が正気を貫く決意を再確認するのが大事だ。