田舎に生まれて育ったので、バゲット(baguette)を知ったのは、社会人になってからだ。
ユネスコがバゲットを無形文化遺産にするそうだ。なんだか嬉しい。本家フランスでは年間6億本くらい作られるそうだ。
ところがバゲットを手作りする職人のお店は年400軒ペースで減っているという。かつてはバゲット職人のお店は55,000軒あり、顧客790人に1軒だったのが、いまでは、35,000軒で2,000人に1軒だという。
フランスで修業時代を過ごした芸術家の話には、バゲットが欠かせない。詩人・金子光晴(1895~1975)は完璧な素寒貧で、屋根裏部屋のベッドに薄っぺらの毛布にくるまって、バターの塊をなめ、カチンカチンになったバゲットをかじって、明けても暮れても過ごした。頭が冴えてカーンとしてくるが、ただ寝転がっているだけで春を待ったという。
某日、某有名ホテルのパン職人(こういう風に呼んだほうが雰囲気が出る)に聞いた。「やはり、職人の腕はバゲットに尽きる。小麦粉と水と塩、イーストだけを使って作る。表面の堅さ、バリバリ感が勝負だ」
なるほど、実にシンプル、バーテンダーがマティーニの難しさを語るのと同じだ。シンプル イズ ベストである。しかし、ベストを生み出す職人はきわめて少ない。
あちらこちらのパン屋さんでバゲットを買うが、これというのにはなかなかお目にかからない。
たまたま昨日は、某有名ホテルでバゲットを買ってきた。