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「ロシア革命」から考えた

奥井 禮喜

 1905年1月22日、日露戦争で旅順が陥落した直後のことだ。ペテルブルグで、司祭ガボンに率いられ、生活の困窮を訴える10万人近い労働者と家族がツァーリの宮殿冬宮へ行進した。近衛兵が攻撃し死者100名、負傷者1,000名以上という惨事を招いた。5月には、ペテルブルグなどに労働者たちによるソビエト(評議会・会議)が立ち上がり、6月には有名な戦艦ポチョムキン号兵士の反乱が発生した。鉄道ストライキも続いた。1906年ツァーリはドゥーマ(議会duma)を開設するが、人々の願いに応ずる気はまったくなかった。

 1917年2月23日、2月革命(西暦3月12日)が勃発する。女性たちが食料不足を訴えてデモを始めた。またたく間に労働者・兵士が決起して、「戦争反対(第一次世界大戦)」「専制打倒」のスローガンに代わり、ツァーリ(ロマノフ王朝)の専制政治を打倒した。ケレンスキーが臨時政府を立てたが、レーニン(1870~1924)がペトログラードで武装蜂起した10月革命(西暦11月7日)によって打倒された。

 1905年の事件は、1917年の2つの革命の導火線である。そしてロシア革命が成立した。1918年1月10日、ロシア社会主義連邦ソビエト共和国成立宣言がなされたが、内戦に突入し、内戦が制圧されたのは1920年11月で、この間1,500万人が死亡したとされる。

 権力を奪取すれば革命成功で偉業とされるが、革命も戦争も破壊と殺戮がおこなわれる。エラスムス(1466~1536)は「戦争は戦争をしたことのない者に快い」と、戦争のロマンや英雄主義の本質を痛罵したが、革命もまた別扱いできるものではない。美しい目的論だけでは道を踏み外す。

 アーレント(1906~1975)は、戦争理論や革命理論は結局暴力の正当化に他ならない。支配層は戦争よりもなによりも革命を恐怖する。だから、第一次世界大戦、第二次世界大戦は、世界規模の内戦・革命戦争の開始であったと理解するほうが真実に近いと主張した。まさにその通りであろう。

 ロシア革命はツァーリの専制政治を打倒して共産党が権力を奪取した。権力奪取自体大変なことであるが、権力奪取だけで革命が成立したとはいえない。

 シュンペーター(1883~1950)は創造的破壊という言葉を提起した。創造するためには、あるいは創造の過程においては破壊が不可欠である。ただし、破壊することと創造が分かちがたく結びつかない。破壊が成功しても、創造に失敗すれば革命は失敗である。そのように考えれば、革命を定義するためには、以前の社会よりも優れた社会が創造されねばならない。そして新しい社会が不可逆の立場を固めたときに革命が成功したというべきである。

 中国の人々が、封建清朝を打倒して共和政体の中華民国を立ち上げたのは1912年である。魯迅(1881~1936)は、封建清朝を打倒するのは比較的容易であったが、民主主義革命は、国民1人ひとりの意識改革が必要だから、革命成功と喜ぶのは早いと指摘した。

 実際、1928年に国民党が国民政府を樹立して全国を統一したが、強権専制政治に対する批判は絶えず、さらに日中戦争から大東亜戦争へと続き、日本の敗戦後には国民党と共産党の内戦となり、1949年敗退した国民党は台湾へ逃れた。中国大陸では10月1日に共産党が中華人民共和国を樹立した。

破壊から創造へ

 ロシア革命に関する本を読んでいると、革命派内部のフラクションや意見の違いに圧倒される。それでも打倒ツァーリを確固として共有している間は、同士討ちは比較的少ない。むしろ当初の革命が達成して、創造段階に入ってから内部対立が激化し、スターリン時代の粛清という事態まで発生した。

 後知恵で考えるのは、ことをなすには、達成すべき目標をくれぐれも共有しなければならない。卑近な例になるが、2009年民主党が自民党から政権を奪取した。政権奪取までは同志的連帯があったが、政権奪取後は次々に綻び、内紛が発生した。現政権の打倒はいわば破壊である。破壊は比較的やさしい。

 創造するためには目標が不可欠である。目標をある程度共有できても、それに至る段取りの問題がある。しかも、権力打倒(破壊)が成功したのは、権力がおこなう政治が人々に否定されていたからである。逆にいうと、権力奪取した出発点は以前の権力の悪しき遺産であり、そのなかに人々が生活していたのだから、ぼろビルを破壊して更地に新しいビルを建てるようにはいかない。新政権が順風満帆になるまで人々に辛抱してくれというわけにはいかない。

 そこで求められる人材は、第一に実務能力を問われる。実務能力とは、従来の方法による問題を認識しており、改善したいと考えており、新しい方法を採り入れようと、やる気をもっているのであって、具体的に問題を解決できる人である。彼こそが革命家である。

 問題認識は現実を反省総括するなかから生まれるが、それができる人は決して多くはない。他者の批判はできるが、真剣に自己批判できる人は少ない。自己批判できるから改善すべきことがわかり、目標を立てられる。この一連の流れを別言葉で表現すれば自己否定である。実態をよくするために自己否定ができる人が多い組織・社会はつねに改革革新ができるから、革命というような破壊騒動を引き起こす必要がない。

 偉大な権力者に率いられても、組織・社会は1人によって動かせるものではない。「権力は腐敗する」というが、あえていえば、権力者が腐敗している組織・社会の構成員たちもまた腐敗している。革命(ガラガラポン)を必要とする組織・社会は、つねなる改革革新者が機能できず、みんなでダメ街道をひた進んでいる。

 現代日本においては、行動責任・説明責任が当然とされるが機能していない。フィードバック(結果に含まれる情報を原因に反映させ調節する)・クィックレスポンス(素早い対応)も知らぬ人はいないだろうが、これまたおおかたは言葉だけである。これらは日常的改革革新のプロセスである。それが不全だということは社会全体が機能不全傾向にあると認識すべきだろう。

マルクス主義の核心

 筆者はマルクス主義の素人である。それだけに、マルクス(1818~1883)が主張した事柄の魅力を素直に評価できると考えている。マルクスは、哲学・経済学を基礎に大きな提案をした。筆者が大事だと考えることを指摘したい。

 第一に、近代ブルジョワ所有の不可避的崩壊を宣言した。それは資本主義が必然的に他の制度(たとえば社会主義)に転換すると主張したのではない。マルクスは、悲惨な状態にある労働者階級の解放を希ったけれど、解放の仕事は労働者自身がおこなわねばならないと指摘した。理想に向けて進むためには、この場合、労働者階級の知的・道徳的進歩が不可欠である。

 いかなる社会においても、差別・格差を克服しなければならないが、それが壮大なロマンだということは誰にも理解できよう。だから、すべての社会の歴史は階級闘争の歴史だという理論や、階級闘争が歴史発展の原動力だという理論も、格別の勉強をしていなくても容易に理解できる。

 また、社会運動が最大多数者の利益のためにおこなわれるべきことも当然である。マルクスは最大多数者が労働者階級だと分析したわけで、これも、現代社会においても本質は変わっていない。

 第二に、賃金労働について見よう。保守政治家の岸田氏が「新しい資本主義」を掲げて登場した。この言葉が新聞紙上に掲載されたが、新聞論調も、なによりも財界人からなんら疑義が示されなかった。奇妙な現象である。

 そもそも資本主義は、生産諸関係を絶えず革新しなければ生存しえないものである。つまり、資本主義は絶えず新しい。にもかかわらず、わざわざ「新しい」と形容したことは、少なくとも、日本的資本主義にナタを揮って大改革する意義でなければ言葉として意味をなさない。ということに、メディアも財界もまったく気づかないのだろうか。

 前述の論法からいけば、現実の資本主義を自己否定して、新しい目標を編み出すべきである。ところが、言い出しっぺのご本人は、一向に言葉の重さを認識している気配がない。安倍政権当時の改革的言葉の乱造、とりわけ人づくり革命の軽薄さには恐れ入ったが、岸田氏もまた、本質を考えずに軽率に言葉を語る、広告代理店型政治家であることがよくわかった。真面目さが大々的不足している。

 資本主義の核心は賃金労働である。労働によって生み出された価値が利潤を生む。賃金は労働の対価ではない。賃金は労働力の対価である。だから労働力は他の商品と同じことになる。世界の労働組合は、「労働力は商品ではない」と高らかに宣言した。それは資本主義を転覆せずとも、賃金を限りなく労働の対価に近づけるという意義であった。しかし、わが国においては、諸商品の価格は上がるが、賃金だけが上がらない。これでは労働力は商品以下である。

 働く人はいかなる労働観を持つべきか?――私は私の生産活動において、私の個性とその独自性を対象化し、(活動の間に)個人的生命発現を楽しむとともに、(生産した)対象物を観照することによって、個人的な喜びを味わう。――これは、若きマルクスが研究ノートに記した内容である。

 ここには労働からの疎外を克服した労働者の姿がある。いわば、画家が自分意思で創作活動を続けるのと同じ、労働が芸術活動へと昇華している。マルクスが希った労働者の解放の次元である。

 賃金はがまん料だとか、労働時間はがまんして余暇活動を楽しむというがごとき、すり替え論ではない。自分が、真に働く活動を納得づくおこなうのはどういうことなのか。これが労働観であり、短いメモに書かれた貴重な示唆である。

 こういう表現もある。一般に労働の目的が富の単なる増大にある限りは、労働そのものは有害であり、破滅的である。これは、キケロ(前106~前43)の「金のために労働をくれてやるものは、誰でも自分自身を売って奴隷の位置に身を落とす」という言葉と対応する。

 そこで――私自身の現存が社会的活動なのである。だから、私が自分からなにかを作るにしても、それを私は社会のために自分から作るのである。しかも、社会的存在としての私の意識をもって作るのである。――これは、マルクスの『経済学・哲学草稿』にある言葉だ。

 古代ギリシャの解体は、奴隷経済の低生産性が最大原因である。奴隷経済は労働の強制・監視・脅迫、そして鞭に追い立てられた。もちろん現代の労働が完全な奴隷制だというのではない。しかし、仕事に興味をもたず(もてず)、疲弊した人間の労働は悪しき労働というべきであって、本質を考えれば、現代の労働がさほど上等なものだとはいえまい。

 仮に、マルクスが主張したような労働観が社会的であり、人々がそうありたいと希って日々を過ごしているならば、社会の雰囲気は新鮮で活発であろう。習慣化している生活は見えざる桎梏である。それは知性の活動を抑圧する。上意下達に慣れた頭には、変化を求める動きが敵に見えるだろう。みんなが、所詮こんなものだと波風立たぬ事態だけにはまり込んでいるならば、社会は革新性を失って漂うばかりである。

 水は低きに流れる。停滞、無為、不活発はあたかも引力みたいなものである。自分が、いまどんな状態にあるか、考えられなければ停滞を認識できない。

 いま、中国の習近平独裁体制についての批判が賑やかである。他国の事情ではあるが、独裁を毛嫌いする気風は大切だ。なによりも、他国ではなく、わが身辺を考えてみるべきである。わが国が活力喪失したのは、制度的には間違いなく官僚機構のあり方に疑問を感じないからだ。独裁にもさまざまな形がある。日本の人々は、眼に見えない柔らかな独裁体制の支持者かもしれない。(官僚制については別途論を起こす予定である)

 ロシアは革命後、スターリンが独裁体制を固めて、マルクスやレーニンが描いたものとはまったく異なる方向へ走った。マルクスの学説以後、それを凌駕する学説が登場していない。100年余以前のロシア革命が、万々の成功を収めなかったことを問題にするのではない。

 ロシアは、スターリン以後、フルシチョフ(1894~1971)のスターリン批判に始まり、ゴルバチョフ(1931~2022)のペレストロイカ(建て直し)で、マルクスが提起した本来の人間解放へ歩もうとしたが、2000年に大統領になったプーチンのロシア革命以前路線への反動で、世界中を混乱・混沌させている。

 じっくり、歴史を洞察できないが、もし、人々がマルクスが主張したような労働観に向かって歩んでいたら、スターリン的独裁や政治警察体制を武器としたプーチンの登場はなかったと思いたい。

 レーニンのプロレタリアート独裁論は、スターリンによって捻じ曲げられたが、レーニンの主張は、国民を力によって服従させるような国家をなくすことであり、ブルジョワ社会から労働者が解放される社会主義への橋をかけることであり、プロ独裁を看板にした独裁政権の確立ではない。思うに、それは労働者の自主管理社会であっただろう。

 マルクス・レーニンの真意をねじ曲げるような革命後の動きは、まさに反革命・反動だというしかないのである。

 革命の話は、とんでもなく無関係に見えるが、社会のあり方、人間の生き方を真摯に模索追求した学説によって、当初の革命が指導されたことだけは記憶しておきたい。


◆ 奥井禮喜
有限会社ライフビジョン代表取締役 経営労働評論家、OnLineJournalライフビジョン発行人