月刊ライフビジョン | 読書への誘い

「CAMINO ISLAND」 ジョン・グリシャム(2017年)

木下親郎

❙ Camino Island

❙ John Grisham

❙ Hodder & Stoughton 2017

❙ 294 pages


 米国社会のすき間に視線を向け,本格的リーガル・スリラーに仕立てる巨匠グリシャムの新作で6月に出版されてからニューヨーク・タイムズ・ベストセラーの上位にいる。今回は,米国人が宝物としている文学作品の自筆原稿の中で,作品数の少なさで注目されるヒッツジェラルド(1896~2040)の原稿が,秘蔵されているプリンストン大学図書館から盗まれるというフィクションである。大手ネット販売の攻勢に対抗する小さな地方書店をからませている。題名はこの書店があるフロリダ州の保養地の名前である。

 窃盗団は海兵隊特殊部隊だったリーダーと,彼が服役中に知り合った美術品窃盗の経験者,それに天才的なハッカーの5人組である。米国の大学はサイバー攻撃に対して,最新のICT(情報通信技術)を駆使したシステムを整備しているが,学生,非常勤講師・研究者・職員,出入りの専門業者,研究のため世界中から訪れる学者など,個人を特定するのが困難な関係者の出入りが多いというセキュリティ管理の弱点を持っている。

 窃盗団のサイバー攻撃は,現場から遠く離れたカナダ国境にいるハッカーが遠隔操作で行う。著名な学者を騙り,偽の学生IDを用意してシステムを潜り抜けて下調べして作った詳細実行計画に従い作業を行った。深夜,図書館から最も離れた学生会館に花火を使う偽装爆破テロを起こし,警察と消防に「テロが発生し,死者もいるようだ」と通報する。ヘリコプターが飛来し,構内は混乱状態になる。遠くにある図書館界隈はかえって静かになる。ハッカーが防犯網を解除しているので,実行犯は無事図書館の地下書庫に着く。最後の大扉の鍵をトーチで焼き切り,秘蔵品を収めたたくさんの旧式の木箱の中から,目的の自筆原稿を探し出し,大学構内から撤収する。ここまでが,最初の17ページで語られる,ここからグリシャム流の展開が始まる。犯人の1人が,木箱の蓋をこじ開けた際,気付かぬままに木のとげで刺し傷を受け微量の血を床に落す。FBIは血痕から犯人を割り出し,すぐに逮捕するが,首領と盗品は消える。

 さて,フロリダ州にある書店は,テーマ別の新刊本紹介や稀覯本展示に工夫を凝らし,作者のサイン会を頻繁に開催し,カフェを併設している。書店主の人柄のよさもあり,地方の文化人と一見客を取込み,気楽に談笑できるカフェのある街の名物書店になっている。盗まれた自筆原稿の損害保険を契約する保険会社の敏腕女性マネージャーは米国作家の初版本収集家である書店主に目を付け,書店の地下倉庫に盗品があるのではと疑う。書店の秘密を探るには,美貌の新人作家が最適と考え,メーシーにたどりつく。

 メーシーは作家の卵である。第1作が評判になり,アメリカ全土を巡るサイン会が計画されたが,最初のニューヨークで人が集まらず,3日以降の全てをキャンセルされた。大学の教育ローン5万ドルを重荷とし,地方大学の契約教員職を渡り歩いている。保険会社が提案する教育ローンの肩代わりと破格の報酬につられ,新作を書くためにフロリダの別荘に住んでスパイの仕事を引き受ける。

 犯人を追い込みすぎると,貴重な文化財が破棄される恐れがあるので,保険会社はFBIの文化財部門と共同して慎重に作業を進める。舞台はニューヨーク,ボストン,フロリダ,パリ,南フランスと広がる。連邦検事総長,プリンストン大学学長,図書館長も加わる超法規的議論もある。全編,場景を目に浮かばせる記述が多い。映画と,邦訳の出版が待たれる。グリシャムは,今までサイン会を行わなかったが,この本で初めて国内全土のサイン会を行っている。


木下親郎
電機会社で先端技術製品のもの造りを担当した技術者。現在はその体験を人造りに生かすべく奮闘中