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産別政策活動から見た「カスタマーハラスメント対策」

UAゼンセン流通部門 安藤賢太

~サービスをする側もされる側も共に尊重される社会をめざして~

 現在、カスタマ―ハラスメント対策は、日本社会の中で一定の認知がされるようになり、数年前よりも企業対策の意識は向上してきている。しかしながら、この取り組みを始めた2015年頃は、カスタマ―ハラスメント(以下カスハラ)対策の船出は難航していた。当初、カスハラという言葉も存在せず、「悪質クレーム対策」として活動をスタートしていたが、日本の商習慣の中では、消費者からの理不尽な迷惑行為であっても耐え忍ぶ風土が根強く残っていたため、対策には企業・労働組合ともに消極的な状態であった。今回は、日本社会では対策が困難と思われていたカスハラ政策が、どのように社会的な問題になっていったのかを紹介できればと思っている。

 カスタマ―ハラスメント対策の始まり 

 2012年にUIゼンセンと日本サービス・流通労働組合連合(JSD)との組織統合により、流通業の労働組合は1つに統合された。これは、流通業の産別運動に携わってきた先人たちの悲願であり、血の滲むような努力により達成された偉業といえる。この統合は大きなインパクトがあっただけに組合員にとっては大きな期待であった。

 統合後、流通産業で働く労働者のための重点的な政策が必要であると考えていた。そこで目をつけた政策が「悪質クレーム対策」である。当時、旧JSDの政策集の中に、「悪質クレーム対策」という政策があり、社会問題として大きなテーマになりうると直感したのを覚えている。また、組合員からのカスハラの被害報告が届いたのも同じタイミングであった。「私たちは、どんなことを消費者から言われたとしても、耐えなくてはいけないのですか。私たちに人権はないのか。」との意見があった。そこで、だれもが困っている問題であるし、特に労働者が困っている問題なので産別労働組合が取り組まなくてはいけないと決意した。

 他国や他産別の事例を参考に活動 

 まずは、悪質クレーム対策に関連がありそうな団体を訪問し、対策の必要性を訴えてまわった。経産省、厚労省、消費者庁、警察庁と意見交換を始めたが、問題意識は共有できても暖簾に腕押し状態の話し合いが続いた。次に、業界団体、連合、関係ある国会議員、消費者相談員の関連団体等、何か話を聞いてくれそうな思い当たる団体や人に対して足を運ぶ日々がしばらく続いた。今思えば、武器(エビデンス)もないまま思いだけを訴える状態であり、無駄な時間によく付き合っていただけたものだと感じている。ただ、何とか政策実現したいという気持ちだけは持ち続けており、何か糸口を見つけたいと考えていた。そんな不毛な時期に頼りにしたのが、諸外国と他産別の取り組みだった。

 まず、韓国の感情労働者保護の取り組みを参考にした。韓国では「ソウル特別市感情労働従事者の権利保護などに関する条例」が制定されており、法整備に向けた考え方を参考にした。また、韓国商業労働組合幹部とも意見交換し、要請行動などの運動面から多くを学んだ。2つ目は、オーストラリア商業労組から社会啓発活動のキャンペーンや企業側との連携を学ばせてもらった。オーストラリアでは「NO ONE DESERVES A SERVE」(誰も叱責されるいわれはない)というキャンペーンを実施しており、映像を使った社会啓発活動や、企業側との共同宣言など先進的な取り組みを教えていただいた。

 日本では、航空連合が2003年に「機内迷惑行為防止法(航空法改正)」を成立させ機内での迷惑行為に対する法規制を実現していた。航空連合は3年半の取り組みで法制化を実現しており、政府への要請活動等や産別内での運動の展開について教えていただいた。特に組合員への迷惑行為実態調査データについて情報をいただき、政府への要請活動にデータが有効であることを学んだ。

 以上のような取り組み事例から運動の方向性を学ばせていただいたのと同時に、糸口が見つからなかった対策に光が差し込んだのを覚えている。

 政策実現に向けた武器を準備する 

 まず、取り組んだのは悪質クレーム対策の「ガイドライン作成」であった。当時、スーパーマーケット業界団体(日本スーパーマーケット協会、全国スーパーマーケット協会、オール日本スーパーマーケット協会)との定期的な意見交換を進めており、そこで企業対策のガイドラインが必要だという共通認識が生まれた。すぐに、組織内の弁護士と共に、ガイドラインの骨格づくりと内容の作成を進めた。会議室に閉じこもり、弁護士の発言を記録して作成していく作業を何日かに渡っておこない完成させた。今、思えば比較的短期間で作成したにもかかわらず、後々多方面で活用していただける良いものができたと考えている。

 また、航空連合から学んだ実態調査についても進めた。流通部門の社会政策委員会を中心に調査内容を作成し、2017年夏に各単組に組合員対象の悪質クレーム実態調査を依頼した。当初は2万件の調査データを集めようとしていたが、5万件を超える調査票が集まり回収率250%となった。このような調査は今までに経験はなく、大抵の調査は予定よりも少ない調査データが集まるのが普通であった。単組からは、「私も調査に協力したい!」という組合員が多くあり、調査票が早く集まったと聞いている。このことからも、悪質クレーム対策についての組合員からの関心の高さが伺えた。

 2017年10月に調査結果をまとめ、迷惑行為にあったことのある組合員の割合は「73.9%」という結果となった。この調査の数値は目に見える初めての実態数値となり、社会から大きな注目を集めた。

 社会に発信されたカスハラの実態 

 カスハラとは、日本に根付いた人間関係の希薄化やコミュニティの損失など社会的な問題が表れた事象だと考えている。そのため、対策の必要性を社会に訴え、悪質クレーム対策を社会問題だと認識してもらう必要があった。今だから言えるが、実態調査の結果を集約する以前からマスコミとは、大きな報道になるように打合せを繰り返していた。報道の構成を協力して行い、発表内容についても報道される1時間前まで密に確認していた。その結果、大々的に悪質クレームの実態が報道され、各民放の報道番組や新聞各紙にも大きく取り上げられた。その中の新聞論説の一つに、悪質クレームを「カスタマーハラスメント」という言葉で掲載され、その言葉がそれ以降のマスコミに取り上げられるようになり、今では一般的に使われるようになっている。

 そして、続けざまに厚生労働省に対してカスハラ対策に向けた要請活動を行い、記者会見を行った。テレビカメラが6台、記者が20人以上集まり、UAゼンセンが実施した記者会見の中では、かつてない程に注目される会見となった。それ以降は、数多くのマスコミに取材を受ける機会があり、カスハラに対する社会的な認知が進んでいき、大きな成果があったといえる。

 UAゼンセンのカスハラ対策への取り組み 

 カスハラ対策を進める上で大切にしたことは、盛り上がった燈火を消さないことである。マスコミにも取り上げられ、一定の達成感を感じたところで歩みを止めてしまえば、政策実現の力が弱まってしまうことへの警戒感は常にあった。そこで組織として取り組んできたのは、切れ目のない運動展開であった。

 まず、2018年にカスタマーハラスメント対策に対する署名活動を実施した。過去最大の署名数を集めることを目標とし、結果170万筆を超える署名が集まった。この署名は厚生労働省に提出したわけだが、20㎏近い段ボール100箱分以上の署名を厚労省に持ち込んだため、後に厚生労働省担当者から「署名はもうやめて欲しい」と冗談交じりに言われたことを覚えている。それほどに、この署名は大きなインパクトがあり、当時加藤厚生労働大臣に対して要請活動を進め、ハラスメント対策の審議会の中でカスハラが取り上げられていく。

 また、2020年には二回目の組合員対象の実態調査を行い、その結果を基に国会議員の集めた「カスタマーハラスメント緊急対策集会」を実施した。参議院会館で開催した集会には、80名の国会議員が参加し、UAゼンセンが開催した政策関連の国会フォーラムとしては最大規模となった。内容は、二回目となった実態調査結果を報告し、カスハラ対策の法整備の重要さを訴えた。

 このような取り組みを切れ目なく展開し、広報活動を進めたことにより、UAゼンセン加盟組合の中でのカスハラ対策の認知は高まっていった。さらに本年は、カスハラ対策で困っている産別組合を集めて、産別間のカスハラ意見交換会を実施し、他の産別と共にカスハラ対策の運動を検討していきたいと考えている。

 法整備をめざした取り組み 

 カスハラ対策は、法制化を実現することを目標に取り組みを進めている。法制化をめざす理由は、カスハラ対策が社会全体で進めるべき課題であることと、企業対策にばらつきがあると日本の中では対策は根付きにくいと考えているからである。

 一方、法制化は国会内の複雑怪奇な力学で動くものであり、本当に難しいものだと実感している。法制化はシンプルに言ってしまえば、議員立法を提出して実現する方法と、審議会を通じて閣議法案として成立させる方法がある。これらのチャンスはいつめぐってくるかわからない。特に支持政党が野党である現在では、数少ないチャンスをものにしないといけない。

 まず、チャレンジしたのは議員立法である。私たちは、カスハラ対策の法案としては二度、議員立法の提出をしている。一度目は、2018年に希望の党と民主党が共同で「消費者対応業務関連特定行為対策の推進に関する法律案」を提出した。

 当時、パワハラ法案が審議されようとしており、法案検討の中でカスハラもハラスメント対策の対象とするように訴えていたが、経営側の反対もあり進展していなかった。そこで、国会内でカスハラ対策に注目を集めるために議員立法を提出した。二度目は、2020年にハラスメント対策法案が成立したが、カスハラ対策が法規制の対象にならなかったため再度、法整備の必要性を訴えるために議員立法の提出をした。結果としては提出した二つの議員立法のいずれも否決されている。

 誤解もあるので言っておきたいのだが議員立法の提出は、実現性は薄いが効果が全くないわけではない。私は主に二つの効果を感じている。

 一つは、法案検討で足りない議論を補うために問題提起ができる点である。一回目の提出の時には、議論不足のカスハラ対策を法案審議の付議事項として、その後の議題として影響を及ぼすことができた。

 二つ目は、社会の注目を集めることができる点である。議員立法を提出すると政党が各団体にヒアリングを実施するため、各方面の団体がカスハラ対策に注目することになる。また、議員立法をマスコミに発表することにより社会的な認知が広がる効果も期待される。以上のような観点からも議員立法を提出することは政策実現に向けた効果が期待される。

 次に、法整備には審議会対策に取り組むことも必要である。実際に、労働組合が法制化を実現する一番の近道は審議会で自分たちの意見を発言し、閣法(内閣提出法律案)として法制化することである。カスハラ対策は、パワハラ法案の審議会で議論されてきた。

 一般的に労働側の審議会の作戦は、連合が仕切り発言内容を整理していく。ハラスメント対策の審議会では、相当無理を言って打合せから参加させていただき、意見を訴えてきた。後日、本来ならば審議会委員でもないオブザーバーが打合せから参加することはあまりないと聞いた。今思えば、迷惑をかけたと感じているが、審議会の中でカスハラ対策は注目を集めることになった。最終的には、経営側の反対が強く法制化の実現はしなかったが、指針という形で明記され、大きな足跡は残せた。政策実現は、連合と政策連携をすることによって前進する時があるため、常日頃の意見交換や関係づくりは重要であると感じている。

 カスハラ対策に動き出した政府 

 政策実現とは、徐々に染み入るように動くときもあれば、時世によって一気に動くことがある。前者は、政策実現に向けた日々の積み重ねであり、日々の運動・要請活動が少しずつ社会や政府を動かしていく。後者は、社会の環境変化や大きなニュースによって、いままで進まなかった取り組みが一気に進むことがある。いずれにしても、変化に対応できるように準備しておかなくてはいけない。

 近年、政府がカスハラ対策に動き始めたのは、新型コロナウィルス感染拡大禍におけるエッセンシャルワーカーへのカスハラが社会的な問題になったことが大きかった。もちろん、今まで積み重ねてきた活動があったからこそ、対策が進んだことに間違いはないが、パンデミックの中で、労働者に浴びせられるカスハラへの対策に政府が動かされたのは間違いない。この時期に、消費者庁・厚生労働省・農林水産省名が記載されたカスハラ対策の注意喚起のポスターがつくられた。さらに、大きな動きとしては、令和4年2月にカスハラの企業マニュアルが作成され、発行されたことである。いままでは、UAゼンセンのガイドラインを参考に各労使で取り組みを協議していたが、厚生労働省作成のガイドラインが、労使にお墨付きを与えることで大きな前進となると考えている。そして、今後はこのガイドラインを使った研修会が各地で開催される予定となっており、カスハラ対策の普及が進むことが期待できる。UAゼンセンとしても、このような政府の動きが止まらないように政府へのアプローチを継続して進めていきたいと考えている。

 実感した、産業政策を進める上で大切なもの 

 最後にカスハラ対策を進めていく上で感じたことを何点か述べたい。まず、政策を立案する上で大切なことは、産別労働組合の政策として、労働者の立場を反映した政策を立案することが重要である。このことは当たり前のようであるが、現実は業界団体が作ったような政策になりがちである。特に、日本は企業別労働組合の考え方が強く、そのような傾向になっている政策が多くある。しかしながら、労働者の立ち位置を失っている政策は産別労働組合の出番はなく、脚光を浴びることは決してないことを肝に銘じておかなくてはいけない。また、同時に政策は社会に認められる打ち出しをすることも重要である。つまり、社会政策の顔をした労働政策を意識するスタンスを常に持たなくてはいけない。

 次に、労働組合の政策実現は非常に泥臭い取り組みであることが望ましい。今回紹介したカスハラ対策への取り組みは、ほんの一部にすぎない。取り組みのほとんどは無駄足に終わり、うまく進まないことの連続であった。しかしながら、足を動かし歩みを止めず、あきらめずに取り組むと、ふと点が線につながるような瞬間が何度もあった。その積み重ねでカスハラ対策を進めていくことができたと考えている。決して、Googleを検索した情報からのみでは良い政策はできず、政策実現は前進していかないと思っている。

 おわりに 

 産別の政策実現は注目をあびることは稀であり、うまくいかないことの方が圧倒的に多い。それだけに政策実現のモチベーションを維持することは簡単ではない。しかし、情熱を持ちながら取り組むことが必須であり、自分でやり遂げる覚悟がなくてはいけない。

 カスハラ対策は大きく進んできたとはいえ、まだまだ現場の方たちがカスハラに苦しんでいる実態がなくなっているわけではない。時間はかかるかもしれないが、組合員からの期待に応えるために、最後まで政策実現をやり遂げる必要がある。今、カスハラ対策の火は色々な人々へ広がっていることには違いない。この思いを決して消さないように【サービスをする側もされる側も共に尊重される社会をめざして】今後も取り組みを進めていきたいと考えている。

                  UAゼンセン流通部門副事務局長 安藤賢太 記