週刊RO通信

情報戦よりも問題解決提案の競争を

NO.1447

 米露の情報戦が激しくて、なにが本当の事実なのか。報道を見ているだけでは容易に納得できない。ロシアがウクライナ国境に軍を配置しているのは疑いないが、アメリカは、「ロシアは侵攻するぞ」と大声疾呼する。そうであれば、もっと外交交渉に熱を入れるべきである。危機を煽ることにばかり熱が入っているから、米国発情報の真偽、狙いを考えざるをえない。

 アメリカは、全面的にロシアが無法者だという前提でキャンペーンを張っている。それで、プーチン氏が引き下がれば上等だ。しかし、アメリカ的情報戦がロシアを追い込んで翻意させるよりも、危機なるものをますます拡大させているのではないか。アメリカの対応が、プーチン戦略に対して有効に作用しているかどうかを考えると、おおいに疑問である。

 2019年にマクロン氏は、「NATO(北大西洋条約機構)が脳死状態」だと公然批判し、論議を呼んだ。これが文字通りの意味かどうかはともかく、今回のプーチン戦略が、欧州の安全保障体制の在り方を突いた。ウクライナが、現時点でNATO未加盟であろうとも、プーチン氏がNATOとの関連を打ち出した。それに対して、NATOが、ウクライナは未加盟だから関係ないとは言えない。NATOの在り方が問われている。

 欧州にすれば、ロシアが欧州を不安定化させている。ロシアからすれば、欧州がロシアを不安定化させている。どちら側が道理にかなっているかは、もちろん大問題であるが、もし、戦端を開けば、大混乱を招く。この際、優先すべき道理としては、戦争をしない選択をするべきである。

 欧州が、安全保障の懸念をもつのが正当であれば、ロシアが安全保障の懸念をもつのも当然である。自分たちの安全保障のための体制は、相手にとっては、危険な体制である。不信感があるからだ。力による安全保障体制は、本質的に、限りなく戦争に接近する。欧州とロシア双方にとっての安定化を作り出す努力をしなければならない。

 マクロン氏は、危機回避につき3段階のアプローチを主張しているらしい。① ウクライナ国境からのロシア軍撤収とその検証、② ミンスク合意の協議再開、③ 新たな欧州安全保障体制の枠組み――である。

 7日の仏ロ首脳会談を前にマクロン氏は、ロシアの目的はウクライナではなく、NATO、EU相手の関係明確化にあると読み、欧州とロシアの新しい均衡の提案をおこなうと語った。プーチン氏は会談後、延々6時間の拷問をうけたとジョークを飛ばしたが、③の提案は、不愉快ではなかったはずだ。

 ①が喫緊の課題であるが、プーチン氏にとっては、③の提案こそが本丸だろう。なぜなら、欧州側のプーチン・ロシアに対する評価を高めるからである。プーチン氏が軍事行動に踏み切れば、欧州の不安定化が固定する。欧米が、ロシアを無頼国家呼ばわりする侮辱に対峙せねばならない。プーチン氏は、ソ連の栄光を回復したいと考えている。望むのはロシアの国際的地位の向上である。不名誉・不人気、嫌われ者の熊になりたくはない。

 ②は、いまの事態を乗り越えるための基盤である。ただし、多くのウクライナ国民は、ミンスク合意の順守も、ロシアの軍事的侵略に対する譲歩だと見ているから、容易ではない。ゼレンスキー氏が親ロ分離派との交渉に踏み切るのは、氏の政治生命を奪うという観測もある。

 現段階では、戦火を阻止し、欧州・ロシア安定化への提案として、マクロン3段階アプローチが合理的に見える。しかし、クリミア半島が、ウクライナの支配権外となっている問題は解決しない。マクロン構想の限界である。

 マクロン構想の特徴は、意見Aと反対の意見Bとの対立と矛盾を、両者よりも高い段階の認識に至らせようとする、弁証法的な提案である。③によって、欧州もロシアも、いままでとは異なった次元での安定を構想できれば、武力による騒動を起こすことはないはずである。

 実際、安全保障のためと称して、世界各国が、知恵や資源エネルギーを莫大に浪費して軍備を拡大している。武力衝突によっての問題解決は本来の問題解決ではない。膨大な軍事力自体が、自他の安全保障を危険にする最大の要因である。相手の批判をする情報戦ではなく、解決のための提案に知恵を絞るのが求められているはずだ。