論 考

国民民主党の存在理由を危惧する

 ラ・ロシュフーコー(1613~1680)『箴言』に、――バカな人たちが同席していないと才子もお手上げ――という言葉がある。

 バカというのは、いろんな含みがあって、要するに、自分の度量や手柄を大きく見せるために、コケにできる相手と解釈すればよい。

 8人から11人に大躍進! した国民民主の玉木氏が、ここぞとばかり、野党共闘(立憲民主)を叩いている。世間常識人の1人としてわたしは、人間関係はともかくとして、国民と立憲は、いちばん近い間柄だろうと分析していた。

 民主を名乗る、自由民主、立憲民主、国民民主の3党を並べて考えれば、過去の経緯から考えても、民主主義を大切にするならば、「自由vs立憲・国民」の構図が描きやすいからだ。

 ところが、玉木氏は、野党国対委員長会談を離脱し、モリ・カケ問題の野党ヒヤリングも抜けるそうだ。

 大きい表現では、議会方針は「対決より解決」だとする。まあ、これも問題によるだろうが、暗に示唆するのは、立憲が対決路線で、国民は解決路線だというわけだ。ただし、立憲が何からなにまで拒否を貫いているわけではない。

 解決路線であれば、モリ・カケ問題はお目こぼしするらしい。これでは、解決とは長いものに巻かれてしまう。政治家がやってはいけないこと、たとえば、「背任・汚職的行為+官僚を私兵扱い」という基本的不祥事も了解するとしか見えない。

 玉木氏は、「小たりといえども筋を通す」ことではなかったのか。どうも、わたしの理解が筋違いであったらしい。

 わたしが期待するのは、議会政治を再興することであり、「民主主義」にふさわしい政治を育てることである。このままでは、大躍進が災いして、国民民主党の存在理由がなくなってしまうのではなかろうか。

 議席があっても、存在理由がなくなれば消えるしかない。国民民主党諸氏の熟慮、慎重さを期待する。