週刊RO通信

「縄のれん」を吊るしてはいけない

NO.1414

 三菱電機時代を思い出した。1981年、社長就任直後の片山仁八郎氏(1916~1997)にインタビューした。組合季刊雑誌に掲載するためである。経営陣が刷新すると、全国の職場に社長以下の一覧写真が掲示される。仏頂面ばかりで、社員の面々は、とても経営者に親しみが湧かない。カメラマンに笑顔を撮るように頼んで、社長の笑顔を引き出す作戦で臨んだ。

 ちょうど55歳夫婦宿泊研修「ゴールドプラン」を始めたばかりで、紹介するとすでにご存じで、「新婚旅行にも行けなかった世代だ。ぼくも参加したい」と応じた。「ぼくの念願は組織活性化です。シルバープラン(40歳・組合主催)やゴールドプランは人間形成・育成をおこなう機会だから、どなたもおおいに参加してもらいたい」。1時間の予定が3時間の歓談になった。

 「人づくり、人を育てることが組織を育てる原点です」

 ――では、社長と平社員とでは、フラストレーションが高いのは、どちらだと思われますか?

 「欲求不満は、平社員のほうが多いでしょうね。ぼくも、本社は何をぼやぼやしとるんだろうか、このくらいのことが分らんのか、なんてことは常々思っていたから——本社・管理部門は努力しなきゃいかんね」

 「現場が大事なんです。価値は現場から生まれる。現場・現物・現実を知らねば経営はできない。社長になってあいさつ回りで名刺が5~6箱空になった。いまは、以前のように思いついて現場に出られない。早く出たい」

 ――大名行列は止めてください。社長視察で工場がきれいになるのはよろしいが、国民体育大会じゃあるまいし、ふだんのままを見ていただきたい。

 「そうなんだ、ありのままを見なければ意味がない」

 これには後日談がある。某日某所で歓談する機会があった。社長が「あの、キミとの約束なんだけど、どうしても3人くっついてくるんだよ」。「分かりますよ、事業所長と副所長2人でしょう」。「よく分るねえ」。「所長は従業員が何を言うか心配なんです。副所長は、自分たちがどんな評価をされるか心配なんですよ」、で、大笑いだった。

 ――社長は以前から上にも遠慮なく物申されると評判ですが、トップになられたからには、おおいにリーダーシップを発揮していただきたいです。

 「それは、直ぐには約束できないねえ。——なにしろ、現場最前線では金平糖みたいな事実が、わたしの手許へ来るとチャイナマーブルになっていますからね」(*角がある事実の角が取れてしまっているという意味)

 ――なるほど、では、組合は労使協議会で経営に意見しますが、心して現場密着情報や、ネガティブ情報をお知らせするのが大事ですね。

 「ぜひ、そうしてください」

 「縄のれん」を吊るしてはいけない――これが、社長の組織活性化の目標である。組織が肥大化すれば、悪しき官僚化の道を辿りやすい。タテ割りの弊害が出ると組織は硬直化する。これを「縄のれん」と表現していた。どんな組織形態であろうとも、官僚化・組織硬直化は業病みたいである。

 社長は技術畑一筋であった。1952年から「品質奉仕の三菱電機」を掲げていたが、欧米に遅れている技術レベルを引き上げるために、最前線で活動し続けてきた。高度経済成長時代には、日本製品は外国から「安かろう・悪かろう」と揶揄された。品質が確立しなければ社業の発展はありえない。

 三菱電機長崎製作所の鉄道用装置不正検査問題は、歴史的に見れば、1980年代のバブル時代に緩み、90年代のバブル崩壊において、経営方針が、「品質は利益・納期に優先する」ではなく、「利益こそ全て」に変質していた事実を露呈したといえる。7月2日、引責辞任を表明した杉山武史社長は、「企業風土の醸成は社長の使命」だと語った。その通りである。杉山社長がぶつかった問題は、過去からの慣性が生み出した最悪の結果である。

 企業風土は長年にわたって形成される。大きかろうと小さかろうと、動いている組織は容易に慣性を変えられない。――企業の価値は現場から生まれる。現場とは1人ひとりである。人が育つ企業風土にあるか。上意下達は下意上達が確立していてこそ本物である。三菱電機だけの問題ではないとも考えるので、あえて一文を綴った。