論 考

漱石賛歌

 本日は、ひさびさライフビジョン学会の読書会である。対象の本は、夏目漱石(1867~1916)『こゝろ』(1914)である。

 日本の作家を1人選ぶとすれば、わたしは漱石さんを推す。70年前に初めて読んだのは森鴎外(1862~1922)の『山椒大夫』を子供向けにしたもので、安寿と厨子王の話が痛く悲しかった。

 母親が鴎外ファンだった。1921年生、文学少女であった。世間は、女が本を読むとろくなものにならないというご時世。いまも、本当に気の毒だと思う。それを思うにつけ、わたしの読み方はなかなか深化しない。慚愧に堪えない。

 岩波の漱石全集を古本で入手して25年くらいだと思うが、作品を拾い読みしているのとは異なって、いろいろ発見がある。

 『吾輩は猫である』が発表されたのが1905年で、漱石さんが亡くなるまでの作家活動は11年間でしかない。もちろん、作品を書くためには日々の思索と表現のための事前準備がある。幕を開けるまでの時間も作家活動である。それにしても49歳で亡くなったのは本当に残念である。

 まあ、人生50年の時代だから、当時の社会通念といまとではだいぶ違うだろうが。——小説だけではなく、評論、文学論、俳句、書簡など、とつおいつ読んでいくと、漱石さんの人生観、社会観を中心に、天才の精神的歴史が身近に迫ってくるようだ。

 『こゝろ』は、地味な小説ではあるが、人間としての在り方を考えるためには非常に有意義である。未読ならば、ぜひお読みいだきたい1冊であります。