日々道楽

終戦・転進の前例がある

 二階氏がコロナ次第で五輪中止があり得ることに言及したのは、従来の絶対貫徹の階段を1つ降りたことになる。事態を見ていれば、なんら不思議な発言ではない。遅すぎるのは否定できないが、中止の露払いにはなる。

 1931年の満州事変から37年の日中戦争本格化、1941年の太平洋戦争へと、事態が不都合でも、「撤退」できず新規まき直しができなかった。挙句、45年7月26日に全面降参を要求するポツダム宣言が出されてからも、受諾の意思決定ができなかった。さらに8月6日広島に原爆投下され、8日ソ連が対日参戦、9日長崎に原爆投下されて——ようやく。

 山登りで、あと少しで頂上というとき安全を考慮して下山することはよくある。「撤退する勇気」などと表現するが、ものごとの本質を考えれば、むしろ「常識」である。

 海外からは、日本のワクチン接種が異常に少ないから、たとえばボランティアのワクチン接種をどうするんだという懸念の声も上がる。医療崩壊の危惧もある。日本人は、海外からコロナを持ち込まれるのはかなわんと考えるが、海外から来る選手・関係者にすれば、感染最盛期! の日本へ乗り込むわけだ。

 菅氏は、「岸田や、石破ではコロナを乗り切れない」から、自分が自民党総裁に手を挙げたと語ったらしい。それで、この程度かよ、と誰でもひとこと言いたいであろう。

 旧日本軍は、「敗戦を終戦」、「退却を転進」と表現した。