週刊RO通信

この1年 嘘が市民権を得る事態

NO.1386

 年初早々に、Hさんから「魑魅魍魎が跋扈する時代、改めて政治を見据えていかなければなりません。野党が追及する問題にきちんと答えてこそ政策論議ができると思いますが、こう次から次へと問題が出るのはどうしたことでしょうか。いまの政治家や企業、官僚のトップには正しい生き方という考えがないのでしょうか」というメールをいただいた。

 「『恥の文化』、『お天道さまが見ている』『嘘をつくな』という誰でもわかることができなくなっているのでしょう。中国古典には歴史の中で生きてきた教えが伝えられています。いま教育で大切なのは、英語、プログラム、算数を教えることよりも、国語、書き取りをしっかりやって、『論語』を読ませ、考える力をつけることでしょう」と続いていた。

 そういえば、1970年代後半、人事部の中核として活動していたD氏は、岩波文庫の『論語』を携えて米国へ出張した。いわく、「英語は苦手だ。これがあれば世界中どこへ行っても役立つ」と笑っておられた。当時わたしは、『論語』はきちんと読んでいなかったが、妙に印象に残った。

 その後、米国で長く支社長の任を果たしたW氏が、もちろんこちらは米語精通しておられたが、お国柄が異なっても、第一に大切な心がけは、自分が1人の人間として確立しているか、人間としての品位を認められなければ、きちんとしたビジネスはできない、と言われるのを聞いて、自分の国外体験は極めて少ないけれども、まったくその通りだと考えた。いまも変わらない。

 わが国の政情に加えて、今年1年とりわけ、米国大統領選挙動向に目を奪われた。他国のこととはいえ、政治とは何か、民主主義とは何かなどについて、得難い生きたテキストであった。おそらくどなたにとっても、大統領選で展開されたさまざまの出来事は驚きであったに違いない。米国は、世界の民主主義の偉大なモデルである。1年間の長丁場の大統領選挙は、その偉大さが余すことなく展開されるはずであった。

 たまたまコロナ禍で、いつものような大掛かり選挙イベントはおこなわれなかった。言論戦としては、よくも悪くも類まれなものであった。それを作り出したのはトランプ氏の個性によるところが大きい。大統領就任後の4年間、米国政治はツイッター政治と化した。トランプ氏の口先、指先が、瞬時に地球を駆け回る。政治理念というようなものがあるのか、ないのか。そんなことはお構いなしで、自分の意に沿わぬ人に対しては、徹頭徹尾罵詈雑言を浴びせかける。見世物としては、息もつかさぬ面白さであったろう。

 無視できない問題は、トランプ氏のツイートは真偽ないまぜで、1つひとつ裏を取るためにメディアがてんてこ舞いしたのは無理もない。そして、ざっと7割程度は、問題発言である。それ自体がすでに世界最大の権力者の地位に就く人として、あってはならないことであった。

 さらに恐れ入ったのは、選挙結果である。バイデン氏の勝利は当然としても、トランプ氏が有権者の47%程度を獲得したということは、格差社会に対する人々の不満が半端でなく、人々の意識が分断され、米国社会の病状が極めて深刻化していることを物語って余りある。

 もちろん、トランプ氏の登場自体が米国社会の病巣ゆえであった。だから、トランプ氏に期待をかける人々は、トランプ氏の個性、真偽ないまぜの暴言があっても、トランプ氏ゆえに支持するという、1人ひとりの意思決定につながったのであろう。社会において嘘が市民権を獲得した事実は社会の根底を覆しかねない。「政治は結果」であるという。しかし、言葉自体に信頼を置けない政治がもたらす結果とは何だろうか? 異常時の政治である。

 革命時には、さまざまなデマが飛ぶ。それが事態を動かしていく。あえていえば、トランプ氏は独特の真偽ないまぜスタイルで、革命もどき状態を作り出したと言えなくもない。トランピズムと称されるのは、言葉の暴力革命ともいえる。フランス革命が破壊的大混乱を招いたのと異なって、米国は破壊ではなく、社会を建設する民主主義革命で成功してきた。いま、米国で進行中の事態が革命もどきとするならば、米国は建国以来の危機にある。

 嘘が市民権を得るようになったらお終いだ。民主主義は成り立たない。これは、わが国においても拳拳服膺しておかなければならない。