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事実の解明に努力を続けよう

ライフビジョン学会

ライフビジョン学会2017年度 総会学習会報告 2
 2017年5月20日10時から19時、国立オリンピック記念青少年センター(東京渋谷)でライフビジョン学会2017年度の総会と公開学習会、懇親会を行いました。

 恒例の総会学習会では、桜美林大学・高井潔司教授から、「事実の解明に努力を続けよう」と題して問題提起をいただき、続いて参加者全員によるミーティング talk&talk を行いまし
た。

問題提起 ――7/1号ヘッドライン続き――――――― 

わが日本はいかにして誕生したのか

高井潔司 教授

桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻

 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て現職。

『日本史の誕生』(岡田英弘著)

 さて次はわが日本のお話です。「日本史の誕生」という本を紹介します。この本は2年前亡くなった読売の先輩が残していった蔵書から頂いたものです。目次の「第11章 日本人は単一民族か」に関心を持ち、この章から読み始めました。岡田氏はまず「歴史の事実をたどれば、日本人が単一民族であることは実証できない」と指摘します。その上で、「日本が7世紀に初めて建国した前後の事情が、日本という国家の性格を決定してしまった。それが後々まで尾を引いていて、いまだに抜けていない」と問題意識を発展させています。

 岡田氏はどちらかというと保守陣営の人で、中国の現政権を非難する本も出していますが、ただ事実に忠実な学者であり、日本に関しても幻想を抱かず、事実に沿って議論を展開する姿勢を貫いています。安倍政権とか「日本会議」という密教の下に集まる学者や評論家のほとんどが、ひいきの引き倒し、平気で事実を歪め、日本は単一民族とか、縄文のDNAが日本人の血に連綿と流れているか、天皇制は万世一系とか、虚構、神話にしがみついている。

中国の再統一で危機感

 岡田氏によれば、日本という国は、7世紀、唐の再統一と北東アジアへの進出、新羅の統一と唐との同盟という、日本列島の住民にとって、およそ前例のない危機の中で生まれた。それまでの日本は、統一された国家ではなく、諸国に分裂していたし、倭人という原住民だけでなく、中国、朝鮮から移住してきた人びとなど様々な民族が入り乱れていました。紀元前から大陸、朝鮮半島との交流は頻繁で、大陸から商人も現れ、交易を重ね、これらの商人が定住し、混血し、中国人を中心に構成される都市国家もあった。遣隋使の返礼として609年倭国に来た裴世清の見聞によると、諸国の中には中国人の住民だけからなる国もあった。

 さて、その後、唐という大帝国の出現で、朝鮮半島情勢も激変し、新羅が統一を果たす。日本は百済に味方して、663年、白村江の戦いで、唐・新羅軍に敗北し、危機に見舞われる。もっともここでいう日本は、倭国を盟主にした諸国連合軍であり、まだ日本という国名も、天皇という称号もない時代だった。

 「非常事態に対処するためにとった方策とは――日本列島各地の諸氏族が大同団結して倭国王家を中心に結集し、統一国家を結成することだった。天智天皇が668年、近江の京で即位。日本という国号、天皇という王号は、このとき公布された日本列島最初の成文法典「近江律令」で制定された」

鎖国国家・日本

 こうして日本という国家は大陸、朝鮮の脅威を前に設立した国家です。その上で、岡田氏は日本は「建国当初から後世まで、一貫して自衛的・閉鎖的な性格を持っていた。これは7世紀の国際関係の大変動の衝撃が引き金になってできた国家だから当然で、日本列島を外からの脅威に対して防衛することが国家の最重要課題である」と指摘します。

 サピエンスも日本も、巨大な敵を前に、虚構で固まる。どうでしょう、現代も中国の大国化の波の中で、うろたえる日本。いや、危機感を煽っているのではないか。神話の時代、歴史修正主義へと向かおうとしているのではないか。

『悪の枢軸国』に駐在した私の経験

 最近では悪の対象は北朝鮮に移ろうとしています。冒頭、北京支局長という私の経歴を紹介していただきましたが、実は私は1980年代前半、イラン・テヘランにも2年駐在しておりました。当時のイランは、イスラム・ホメイニ革命、アメリカ大使館人質事件直後、イラン・イラク戦の真っ最中、アメリカと全面対決していました。

 レーガン大統領は当時、イラン、中国、北朝鮮を悪の枢軸と非難していましたが、私は北朝鮮こそ駐在しておりませんが、悪の枢軸国しか駐在したことのない記者です。その目からすると、国際報道中で、悪の枢軸国の実像、真の意図が伝わっていないと感じます。アメリカや日本から見ればこれらの国々は敵ですから、サピエンスはすぐ神話、虚構を生み出し、危機感を煽ります。メディアはその先兵を務めます。

 しかし、どの悪の枢軸国も本心は対米緊張ではなく、改善を最優先課題とし、それを望んでいます。悪の枢軸国には、実は、いずれもかつてアメリカによる内政干渉の経験を味わい、現在も政権転覆の手が回るのではないかと警戒しています。警戒心が高く素直な姿勢取れない。頭を下げるのではなく、対等な交渉を求め、核開発、ミサイル開発を行います。そこにしか、アメリカとの交渉の活路が開けないと考えています。

 いまや中国はそこから抜けて、アメリカとかなり正常な関係をもっています。しかし、わたしが駐在していた90年代、天安門事件の後、中国はアメリカを中心とした西側諸国の経済制裁にさらされていました。当時の最高実力者鄧小平はさすが歴戦のつわもので、ここで逆上せず、隠忍自重して力をたくわえよと指示します。着々と改革・開放路線を進める一方、軍事力の備えを行います。アメリカをも射程に収めるICBMの開発、改良を進めていきました。

 実はアメリカが中国と関係改善交渉に入ったのは、1990年代半ば、米大陸に到達可能なICBM開発を実現してからです。台湾ミサイル危機という事件もあり、米中が最も緊張した時期がありましが、これがむしろきっかけで関係改善につながります。これは一つのゲームです。ただ北朝鮮の件では懸念材料は金正恩はどこまでゲームということを理解しているか、かれがゲームをする上で十分な情報があたえられているかどうか? にあります。

『悪の枢軸国』への対応戦略

 ミサイル・核開発を推進しているのは、決して北朝鮮やイランの指導者が狂っていて、独裁者だからだけではない

 彼らは、国の安全保障はアメリカとの交渉当事国となること。対等な関係を築き、アメリカからの干渉を受けない保障を求めている。それが最優先課題の政権の維持につながるからです。しかし、アメリカや日本などは制裁の包囲網で、開発断念に追い込もうとしている。しかし、すでに核を持ち、近隣諸国へのミサイル到達能力はもちろん、アメリカへの到達、脅威さえ出てきた中で、制裁圧力だけで可能かどうか。その戦略で問題を解決することが、ますます困難になっている。

 安倍首相のように、「脅威」「断じて許せない」「国際社会と協調し、断固として」と語るだけで済むのか。効果のカギは中国と、中国に下駄をあずけながら、その中国との関係はこれまで対北朝鮮同様の包囲戦略を試みてきた。第1次安倍内閣当時に、中国との間で宣言した戦略的互恵関係はどこに行ってしまったのか?

 最近の安倍外交は、口先だけで、対ロ関係などは日本の国益をそこなうだけでなく、対ロ圧力を弱め、国際社会から見ると身勝手な外交を展開している。北朝鮮問題でもロシアの動きは、これまで北の後ろ盾になってきた中国に取って代わろうとしている。

 政権の延長に外交を私物化しているのではないかと言いたくなるほど、安倍外交の罪は大きいと思います。

 本日の話は、ホモサピエンスから北朝鮮のミサイル開発まで、まあ大風呂敷になってしまいましたが、共通しているのは、事実よりも、虚構、フェイク情報が権力者のご都合主義に合わせて一人歩きする恐れがあるということです。何が真実かは本当に難しいが、虚構の構造を明らかにすることは可能です。虚構に踊らされないよう、事実の解明に努める努力は忘れてはならないでしょう。