論 考

映画『駅馬車』とトランプ氏

 バイデン氏が、ノースカロライナに加え、アリゾナでもジョージアでも勝利が確実となった。獲得した選挙人はバイデン氏306人、トランプ氏232人。バイデン氏は得票数で530万票の差をつけた。

 トランプ氏の不正選挙抗議は継続しているが、依然として確たる証拠の提出もないから、流れ解散の様相である。最後まで嘘とはったりを続けるのは、それなりの美学だろうか?

 ジョン・ウェインが二流俳優から一躍スターダムにのし上がった、ジョン・フォード監督の映画『駅馬車』(1939)を思い出した。

 駅馬車乗客の1人の銀行家が「大統領はビジネス界出身者になってもらわないと困る」と語る。銀行の儲けは国家の利益だというわけだ。

 苦しい旅を駆け抜けて目的地に到着した町で銀行家は逮捕される。実は銀行に収められた5万ドルを着服したことが露見してしまった。

 一方、ウェイン演ずるリンゴキッドは、恋人と二頭立て馬車でテキサスの牧場へと旅立つ。砂塵を上げて走り去る馬車を見送りながら保安官が、「2人は文明に汚れることはない」と呟く。

 大差を付けられたが、トランプ氏は先回得票よりも伸ばした。支持者は低学歴の白人主義者だけではない。メリトクラシーを価値観とするエリート・ビジネスマンの支持が相当あっただろう。

 ビジネスマンすべてが文明に汚れているとは思わないが、損得に聡い人々がトランプ氏の隠れ支持者でもあっただろう。漱石は『猫』の一場面で、「実業家は、汗を欠く・恥を欠く・義理を欠く」と語らせたなあ。