月刊ライフビジョン | 読書への誘い

「三重スパイ」 ウォーリック

木下親郎

❙ The Triple Agent
❙ The al-Qaeda Mole Who Infiltrated the CIA
❙ Jaby Warrick
❙ Doubleday 2011
❙ Paperback:Vintage 2012
❙ 252 pages

❙ 「三重スパイ」 
❙ CIAを震撼させたアルカイダの「もぐら」
❙ ジョビー・ウォーリック 
❙ 黒川敏行(訳) 
❙ 太田出版 2012.11.22 

*米国の諜報機関には国防省所属のNSA,大統領直轄のCIAと司法省に所属するFBIがある。“FBI秘録” ドナルド・ケスラー



 前回は「イスラミック・ステートIS」だったが,今回は同じ著者による「アルカイダ」である。

 2009年1月,「ヨルダン総合情報部:GID」はアルカイダの容疑で逮捕した医師バラウィを,GIDの「もぐら」(二重スパイ)になってアルカイダ組織に潜入するように説得し,パキスタンに送り込んだ。バラウィは6か月後貴重な情報をGIDにもたらし,12月には,アルカイダのナンバー2;ザワヒリと接触できそうだと伝えてきた。GIDは米CIAと打合せ,バラウィと直接接触して指示をすることとし,アフガニスタンにあるCIA最前線基地ホーストに呼び出した。アルカイダの三重スパイであったバラウィは,基地玄関先で自爆し,単独でGID幹部,CIA局員7名など9名を殺害するテロを成功させた。

 本書はこの事件を中心にアルカイダとの闘いと人情の機微にも触れたノン・フィクションである。アフガニスタン,ヨルダン,トルコを訪問し,アルカイダの関係者を含む200人以上と面会している。自爆テロ用特製ベストの試着,テロ実行後に発表する広報ビデオの映像,パキスタンの隠れ家から国境を越えてCIA基地玄関での爆発までの1日の描写など,虚構の小説からは得られない緊迫感がある。2012年出版のペーパーバック版には2011年8月の米軍特殊部隊によるビン・ラディン殺害が加筆された。

 現在もアルカイダを率いているザワヒリ(1951年生れ)は,カイロ大学学長など学者の家系に育ったが,イスラム聖職者クトウブの処刑(1966年)に衝撃を受け,秘密結社ジハド(聖戦)団をつくり,さらにアフガン戦争に参加した。そこでビン・ラディンとの出会いがあった。1997年の,エジプトのルクソール宮殿での日本人観光客を巻き込んだテロを行ったが,これは一般人を対象とする最初の無差別テロである。ザワヒリは「民間人,軍人を問わず,アメリカ人とその同盟者を殺すのが,世界中に住むイスラム信徒一人ひとりの義務である」と宣言し,世界中の過激派聖戦士の理論的支柱になっている。ザワヒリは2001年「9.11テロ」の計画にかかわった。CIAはビン・ラディンと同じ2,500万ドルの賞金を懸けている。

 2007年ごろからCIAの対アルカイダ作戦は,本拠地の攻撃を強化した。2008年には,現地を飛ぶ無人機「プリデーター」がテロリストを確認すると米本土に報告し,CIA長官が無人機に「発射」を命令する仕組みができた。元CIA長官ハイデンは「悪党どもの行為を止めさせることは,彼らを殺すことだ」と言った。それでも,アルカイダ最高幹部たちの行方は判らなかった。医師バラウィからの,ザワヒリの糖尿病の治療を行うとの連絡はCIAを喜ばせ,オバマ大統領にまで報告された。CIAとGIDは,バラウィとの会見の場所を,警備と秘密保持の点からホースト基地を選んだ。

 ホースト基地の司令官は経験豊かなCIA女性幹部であり,まわりには中東に関して最高の評価を得ているCIAの逸材が集められていた。GIDでバラウィを担当するビン・サイドは,国王の従弟で国際的に著名なテロリスト対策専門家である。バラウィが信用できるのかと訝る声もあったが,現地の判断が受け入れられた。リハーサルも念入りに行われ,結果としてバラウィは身体検査も検問も受けずに,多くの重要人物が待つ基地玄関に到着し,自爆テロが成功した。バラウィは,アルカイダがヨルダン王室のビン・サイドを拘束できるように,会見場所をパキスタンとするなど多くの代案をGIDに提案していた。GID・CIAも十分に検討を行ったものの,ザワヒリについての情報が得られるという喜びが,危機管理の一瞬の空白を許したのだろう。CIA犠牲者はアーリントン国立墓地に葬られ,ビン・サイドの葬儀はヨルダンでの国葬となった。


木下親郎
電機会社で先端技術製品のもの造りを担当した技術者。現在はその体験を人造りに生かすべく奮闘中。