論 考

トランプ氏がもたらす福音!

NO.1363

 「あなたがたは、何を見に荒野に出てきたのか。風に揺らぐ葦であるか」(マタイによる福音書第11章)、この言葉が大声で響き渡っている。トランプ氏を、当世悪しき権力者のチャンピオンとして、偉大な反面教師、いや、パロディ風に反面キリストであると持ち上げたいほどだ。

 トランプ氏は、同類の世界の為政者並びにその周辺に群がっている有象無象を代表する。ポピュリスト政治家(煽動政治家)の軽薄さ、欺瞞性、偽愛国者、自分本位、分裂主義、とりわけ悪意に満ちた超無能力性、酔っ払いの居酒屋談義を吹きまくる非凡な能力——を発揮する点において。

 さすが20世紀以来、世界を引っ張ってきた(といわれる)アメリカ国の大統領である。歴代大統領は、いわば内外に政治的パッチワークで、短期的には行政手腕を発揮しているように演出し、長期的には問題先送りをモットーとしてきたのであるが、トランプ氏はそのからくりをぶっ壊してきた。

 トランプ氏の姪で臨床心理学士のメアリー氏が『Too Much and never Enough:How My Family Created The World‘s Most Dangerous Man』を出版する。「手に負えない、もうたくさんだ」という気持ちはよくわかる。しかし、高圧的威圧的な父親のもとで、うそつきでナルシストとして育ち、不正が生きる術になったとして、矮小な異常児扱いするのは本質を見誤る。それでは、人々はたまたま交通事故にぶつかったようなもので、反面キリストの貴重な教訓が見失われる。

 直近では、トランプ氏のコロナ対策が槍玉に上がる。まったく現実を直視しない(できない)。状況に対応して学ぶ能力がない。権力維持の執念だけが突出している。典型的な人種差別者である。歴史を自分流で解釈する。排外主義である。いずれも然り、然りである。そして、いずれも磨けばやがてトランプ玉に育つであろう数多の扇動政治家の行き着く先である。

 煽動政治家を支持するのは、低賃金労働者や低学歴者に多いというのが定説になっているが、そうだろうか。その層の人々が多いからにすぎない。一方、上等な経営者、ハイソとみなされる人々、高額所得者、高学歴者などに煽動政治家を支持し敬愛して止まない人々が多いほうが問題である。前述の新本ではトランプ氏の学歴が怪しい記事もあるが、(悪)知恵はそんな疑惑どころの水準ではない。利口で雄弁家こそ警戒せねばならない。

 扇動者タイプには、国家を押し出し、愛国心を振り回す輩が多い。その本質は全体主義的性質であるが、なぜ全体主義に傾倒するかというと、自力で自尊心を確立・維持できないからである。飾らない、生身の自分を押し出せないから、人々がおいそれと反論しにくい大義や、イデオロギーを持ち出す。

 扇動者に欺かれやすいタイプもまた、自尊心の確立・維持ができないために調子のいい扇動者に惹きこまれる。日本人に例をとれば、小才を利かせて、景気のよろしい側、力のある人(実際は幻想である場合がほとんど)にへばりつこうとする。為政者が口の端にのぼらせた言葉が直ちに真似される。自尊心なき人々の共通点は他者に同調する傾向が強い。

 つまり、扇動者が君臨する社会においては、個性的な人々が少ない。個性的な人々が少ないから、固まってワーッと行動するだけであれば一糸乱れない。兵士の歩調は揃うものだ。しかし、予想外の事態に直面した場合、いつまでも右往左往が続きやすい。なんとなれば、頭(扇動者)が空っぽなのだからフォロアーから創意工夫の力が出るわけがない。

 権勢を揮う扇動者は、自分に従う人しか目に入らない。トランプ氏はじめ昨今の政治家が、味方と敵を峻別する傾向が強いのはそれである。彼らがめざしているのは権力維持のための徒党であって、国家国民のための政党活動や政治を創造することではない。

 誰でも、思索して判断するよりも手っ取り早く信ずることを求めたい。それがいかに危険極まりない自暴自棄の行為かということを、反面キリストが教えてくれたのである。カントいわく、「自ら虫けらになるものは、あとで踏みつけられても文句は言えない」。扇動者は自分のことしか考えない。

 虫けらになるものか。「考えない葦」も拒否する。扇動者が多い社会は病んでいる。コロナだけではない、社会の病気をこそ克服しなければならない。