NO.1657
自民党がなぜ衆議院議員選挙に「爆勝」したのか。新聞には分析・意見が次々発表されている。実際のところ、いずれを読んでもそれなりの格調があるものの、本当のところはよくわからない。
わたしは、大きく括れば背景に、日本人特有のヒロイズムとニヒリズムがあると思う。両者は別物だが、これらが作用すると、選挙に限らず、軽々しく、われ関せずの他人任せになりやすい。それが期待の大膨張として現れ、おおかたの人が意外に感じたのであろう。期待をいくら論じても確たる説明はできない。それよりも、論ずることが可能な問題について押さえておきたい。
対称的に「爆敗」した中道との関係も考える。中道の主体的失敗としては、新党結成の準備不足、生煮え、パーティ・アイデンティティの宣伝力不足に尽きる。生活者ファーストというキャッチコピーのインパクトの弱さは悲惨である。新党をファーストという使い古しの言葉で表現するなど、センスの旧さとボキャブラリーの貧困に気づかなかったのだろうか。なるほど旧態依然だ。
本当は、自民党のほうが中道よりも数段古い体質だ。目下ノリノリの高市はじめ右派人士は、敗戦前の民主主義以前を志向しているのであるが、昭和女子のキャピキャピ演技で昭和おじさん2人の旧態依然を浮かび上がらせた。もちろん、本音を隠して選挙戦に勝利するというのも、それなりの戦略・戦術ではある。
さて、1995年3月の議会で、戦後50年の国会決議「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」に反対して、高市議員は次のような発言をした。――少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから反省なんかしておりません。反省を求められるいわれもないと思っております。――
ここでは、戦後に生まれた世代だということを強調しているが、植民地支配や15年戦争を、日本による侵略戦争だと認めないのであり、極右人士が思想的立場を抜きにして侵略戦争否定を語る場合によく使う論法である。安倍元首相も同趣旨の発言をしている。
敗戦後の日本では、戦争の総括がされなかった。そのツケが関係国との信頼関係を育てる上でしばしば悪作用を起こしている。それはそれとして、わたしは、自分の国がいかなる足取りで現在に至ったのか、しっかりした認識を持つのは当たり前だと思う。明治維新から出発した近代日本であるが、その歴史において、15年戦争と敗戦はきわめて大きな転換点である。
民主主義になり、基本的人権、主権在民の国民になったのも、戦争と敗戦があったればこそだ。世界の民主主義国家の多くは、民主主義獲得のために血を流してきた。われわれは民主主義獲得のために血を流したのではないが、内外に膨大な犠牲をもたらした帰結として民主主義を得た。戦後生まれだから、戦争のことなんか知りませんとは口が裂けても言えないし、言うべきでない。
いまでも戦争反対の体験や意見が新聞紙上に途絶えたことはない。ただし、ほとんどは空襲で逃げ惑ったとか、食べるものがなかったとか。これでは加害者ではなく被害者である。もちろん、被害者の面はある。しかし、戦争を始めたのは日本であり、武器を持ってアジア諸国を侵略したのである。これは真実だ。
反省するのはお詫びするためではない。自分の国の足取りをきちんと総括して、反省すべきは反省する。それなくして前進するための出発は不可能である。戦争に限らない。社会保障にしても一朝一夕でできたのではない。近代以来、先人が営々と積み上げてきた。現代を生きるわれわれは、昨日より明日へ少しでもよい社会を渡していく責任がある。いつの時代の人も未来への橋である。
高市発言のような人ばかりになったら社会はおしまいだ。そのようなお人が首相に就任した。遺憾万々、残念至極というしかない。
