月刊ライフビジョン | メディア批評

頂けない年号の政治的利用――沈黙する一部メディア

高井潔司

 いよいよ「令和元年」がスタートした。大手マスコミが実施した各種世論調査では、新しい元号に対し、好感を持つ人の割合が軒並み6割を超えた。産経新聞とフジテレビが実施した合同世論調査では「良いと思う」という回答が87.0%に達したという。産経新聞はその結果について、「元号は国民生活に定着し、制度存続が望ましいとの声はむしろ、若い世代の方が多い。平成改元時には『軍国主義復活』などと難癖をつけた左派政党も今回は歯切れが悪く、皇室や伝統を否定するお家芸は支持を得られない時代になったようだ」と解説し、悦に入っている様子だ。

 私の感情を言わせていただければ、決まったばかりの「令和」という年号に、いいも悪いも、好きも嫌いもない。そう決まったんですか。いいも悪いもこれからでしょ。まずは各種書類には間違えずに記入しなくては――という感じだ。好感を持つ人が、それほどいるとは信じがたいが、もしそうだとしたら、首相、政府、マスコミ挙げての「いいね!」連発の結果ではないか。初めから結論ありきのマスコミの自画自賛でしかないのではと思う。

 そもそも年号に限らず、新しい年や時代の到来には期待感や祝賀の気持ちがある。「万和」など他の年号候補より、「令和」の方が好感が持てるとか、比較して、意見を述べたわけでもない。他の候補であっても、同様の数字が出たに違いない。年号への好感度というよりも、皇室に対する親近感の表れだとも言える。平成天皇が在位中に心配りした国民との対話、接し方いわば皇室側の努力が、国民の皇室に対する理解を深めたのであって、政府や保守系メディアの皇室姿勢を評価したわけでもないだろう。朝日新聞の世論調査は年号ではなく、皇室への好感度を調査していた。

 新年号にいちゃもんをつける気はさらさらないが、目に余るのは、安倍政権や産経報道のように、年号制定を政治利用しようとする姿勢だ。制定の過程では一切の論議を表に出さないよう秘密のベールを被せておきながら、いったん発表をするや、首相がNHKや民放にまで出演し、自己アピールを繰り返した。首相談話に曰く「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められている」。文言を引用した万葉集について「千二百年余り前に編纂された日本最高の歌集であるとともに、天皇や皇族だけでなく、防人や農民まで、幅広い階層の人々が詠んだ歌が納められ、我が国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書であります」と、元号の由来が初めて国書であることを強調した。

 NHKでは、定番のお気に入りの女性記者が登場し、まるで年号が首相の年来の主義、主張を反映したかのような首相発言を積極的に引き出していた。「平成」の制定、発表過程では、竹下首相は首相談話を官房長官に発表させただけで表に出なかった。それだけに安倍首相の出しゃばり、はしゃぎぶりが際立った。その分、マスコミには冷静に「令和」を捉える報道が少なくなってしまったのではないか。

 首相は「国書」にこだわったようだが、そもそも万葉集には、中国の古典から学び、それを典拠として作られた歌も多いという。朝日新聞の報道では、そもそも「『令和』の二文字がとられた序文は、中国の有名な文章を踏まえて書かれたというのが、研究者の間では定説になっている」と二つの中国の古典を紹介している。

 朝日の記事にコメントを寄せた日本文学研究者のロバート・キャンベル氏は「国書か漢籍かということはどうでもよく、国を超えて共有される言葉の力、イメージを喚起する元号だ」と述べている。これがまっとうな議論だと思う。安倍首相のように、一方的に国書を強調し、自身の「国粋主義」的主張をPRしていたら、そもそも元号という制度自体、中国からの輸入ではないかとも言いたくなる。

 国書由来を礼讃せず、冷静な議論を報道していたのは朝日新聞くらいなもので、「元号に関する懇談会」のメンバーに、元政治部記者を二人を出している読売新聞には、首相のパーフォーマンスから一歩引いて、様々な意見、議論を伝えるという姿勢が全く感じられなかった。懇談会に二人もからみ取られてはそれも不可能ということか。目下、昭和の戦時下の、軍部によるメディア操作を研究している私にとって、最近のこうした安倍政権のメディア操作に不安を覚える。

 それはともかく、あくまで「令和」はこれからがスタート。本当に「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ」時代となるかどうかは、今後の政府、皇室そして何より国民がどう努力していくかにかかっている。「令和である」ことに安住するのではなく、「令和にする」ことが求められているのだ。


高井潔司  メディアウォッチャー

 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授を2019年3月定年退職。

 定年最終講義は5/25「私のメディア論」、

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