月刊ライフビジョン | コミュニケーション研究室

毎日新聞が危ない!?

高井潔司

 いまなら野党の選挙準備体制も不備と、冒頭解散に打って出た安倍政権。狙い通りどころか、野党の野合分裂という敵失で、期待を大きく上回る与党の圧勝で終わっってしまった。にもかかわらず、相好崩して当選を喜ぶ菅直人元首相の姿を映し出すテレビ中継を見て、やはりこの国の政治は数合わせだけなのかと、テレビのスィッチを切った。
 しばらくは、選挙は語るまいと思っていたが、数日後、気の置けない友人たちの飲み会で、元共同通信記者の先輩から「高井君、この毎日新聞の広告に気が付いたかい」と、投票日当日の毎日新聞を見せられた。わが研究室にも毎日新聞は届いている、が、不覚にもその紙面は見落としていた。

 「この国を守り抜く自民党」という安倍首相の写真入りの広告(6面)に始って頁を繰っていくと、「スクープはこうしてねつ造された 朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪 森友・加計徹底検証、安倍総理は白さも白し、富士の白雪だ」(4面)、さらに「アベノミクス継続で日本経済は必ず大復活する ついにあなたの賃金上昇が始まる」(8面)と、どれが書名なのか、わからぬ安倍・自民応援のメッセージばかりの書籍の広告が続いていた。通常の書籍広告は書店が出版している複数の書籍を掲げるか、一冊なら小ぶりの広告がならぶ。しかし、今回の毎日の広告は一冊のみの広告だ。だから、書籍名がどこにあるのかわからぬほど政治的メッセージがどんと載せることができる。狙いは書籍にあるのではなく、安倍応援にあるのは明々白々だ。
 
 公職選挙法では投票日当日の選挙運動は禁止されている。これらの広告にはその違反の疑いはないのかという声も出ているが、政党広告は以前の選挙でも掲載され、摘発されなかったし、書籍広告はあくまで書籍広告だと言い逃れることができる。姑息なやり方だといえるだろう。
 自民党の広告は朝日や読売など各新聞に掲載されているが、書籍広告までズラッと掲載したのは毎日だけだ。やはりこう並べたら、選挙に向けたメッセージであることは疑いないだろう。センセーショナルな報道で売る夕刊タブロイド紙ならいざ知らず、責任あるジャーナリズムを目指す新聞がこれではやはりアウトだろう。毎日といえば、新聞不況の中で、最も窮地に立たされているといわれる新聞社の一つ。その弱みを狙われたのだろう。

 実は「森友・加計徹底検証」の筆者、小川栄太郎氏は「放送法遵守を求める視聴者の会」の事務局長として一昨年11月に産経新聞と読売新聞に、民放テレビの夜のニュース番組を批判する全面広告を掲載した人物である。その後、各局のニュースキャスターが相次いで降板し、この全面広告がその事態を招く引き金になったのではないかと物議を醸した。この時、実は安倍首相の資金管理団体が小川氏の安倍応援本を爆買いしていたとも報じられた。その時は産経と読売という保守系紙が使われたが、今回はリベラルな論調が売り物の毎日が利用された。そんな経緯も踏まえれば、偶然の掲載などと、毎日の広告局も言い逃れはできないだろう。

 公称の発行部数300万部は、実はとっくに切っているのではないかと言われる毎日新聞。この広告がどこまで直接、選挙結果に影響したか、それほど心配することはないだろう。むしろ懸念材料は、編集への圧力だ。毎日は部数減に伴って広告媒体としての価値も下がっている。読売や朝日に比べ、広告掲載量も下がり、そのせいで新聞のページ数も2~4頁位、少なく、ニュースも薄っぺらくなっている気がしてならない。それでも、これまでは時流に流されず、堅実な紙面を作ってきたと思う。
 だが、今回の毎日の広告掲載の件を教えてくれた先輩は、「山崎豊子の『運命の人』の下りを思い起こさせる。沖縄密約事件で、毎日の記者が逮捕されたが、「国民の知る権利」を掲げて闘う編集局に対して、販売局がそれじゃ新聞が売れないと怒鳴りこんできたという場面があったね」と指摘した。

 『運命の人』(文芸春秋社刊)では、怒鳴り込んできた販売部長と社会部長の間でこんなやり取りが描かれている。

 「君だって新聞社の人間だろう。銭勘定しか出来んのか!」
  荒木が思わず声を荒げた。
 「そっちこそ、現実的に考えて貰いたいわ!日頃、国家権力の、社会悪のと大言壮語して、社旗のついた車を乗り廻すわ、電話はかけたい放題――、その新聞を一カ月千二百円で売るのは販売店、そこのおやじに三拝九拝、米つきバッタみたい頭を下げまくっているのが販売局の人間で、新聞を売る苦労も知らんで何が知る権利や、広告部かて云うてるでぇ、これ以上、国家権力の何のとだんびらを振り廻されたら、スポンサーに逃げられかねんとな」

 編集と広告は別と言いたいところだが、11月29日、日本マス・コミュニケーション学会のワークショップでも新聞の将来について厳しい見通しの議論が続き、5年後には紙の媒体がもはや無くなるのではという議論もあった。45年前の沖縄密約事件の際よりも、新聞社の経営危機は深刻である。危機に乗じて、メディア操作の機会がますます増えていく。毎日新聞の経営の先行きとともに、その紙面が今後、どう展開していくのか、しっかり見守っていく必要がある。


高井潔司   桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て現職。