月刊ライフビジョン | メディア批評

危うい 憶測だけの中国報道

高井潔司

 菅首相の退陣、与党の総裁選、衆院選挙と続いたので、本欄でもこのところ日本の政治、政治報道に関する批評を重ねた。しかし、新聞社の元北京特派員として、昨今の中国報道がずっと気に懸かっていた。

 最近の中国をめぐる報道のテーマは、コロナ禍での中国当局の厳重な感染予防対策、不動産バブル、学習塾の規制、さらには芸能情報に対する取り締まり、高級幹部によるテニス選手への不倫強要など、中国の負の側面ばかりに焦点が当てられる。それらが全て習近平党総書記・国家主席の延命策、あるいは任期延長に結び付けられた。

 その根拠というと憶測情報ばかりだ。補強策として中国専門家を登場させるが、ほとんど同じ顔触れでこれまた憶測解説に終始する。専門家、研究者は、本来、専門外の事や憶測では物を言わないものであるが、エッ!そんな問題まで詳しいのと驚くほど、スラスラと解説してくれるから不思議だ。でもそれはマスコミの言ってほしい通りに話しているだけのこと。むろん、憶測でしかない。そういう厚顔無恥な研究者は少ないので、結局、テレビに登場するのはいつも変わらぬ顔触れということになる。

 そんな報道になってしまうのは、中国を人権無視、非民主主義の独裁体制という「フレーム」だけで切り捨てているからではないだろうか。そのようなフレームが全て間違っているというわけではない。ただそのフレームと憶測を働かせるだけの報道姿勢は極めて安直だ。中国社会の動きをしっかりフォローしてもらいたい。

 不動産バブルや学習塾の乱脈経営、芸能情報の混乱など、中国当局の強権的な規制や取り締まりが始まって、初めてニュースにするので、どうしてもその強権的な手法だけが焦点になる。もし、これらの問題が事前に報じられていたら、むしろ対策を取らない当局の姿勢こそが問題になるはずだ。

 それに習近平の延命策というコメントが妥当としても、それこそ習近平がそうした社会問題に対する民意に向き合っているということになる。同じく強権体制を巡ってEUによる制裁の対抗策として、難民をEUに向け送り出すなどというベラルーシの大統領やその背後にいるロシアの大統領より、よほど民衆に歓迎される政策を採っているとさえ言えるだろう。

 私は、決して中国当局を擁護するために言っているのではない。マスコミの憶測報道を助長しているのは、中国当局の情報閉鎖体制にも大きな責任があると考えている。自業自得であるとさえいえる。日頃から、不動産バブルなどの社会問題をしっかり情報公開し、なぜ規制や取り締まりが必要なのか、社会的に議論し、その解決策を社会的に合意していくという体制を構築せず、問題が深刻になって、突然、強権的に動くので、いらぬ憶測と批判を招くのだ。

 テニス選手の不倫告白も、昨今の中国当局の幹部の不正や腐敗に対する厳格な取り締まりから見て、いずれこの高級幹部に対する処分が行われるであろう。前副首相とて例外ではない。この問題に対する調査、捜査のプロセスをしっかり公開すれば、告発したテニス選手が逆に拘束されるのではといった憶測ばかりの報道とならないはずだ。それができない情報の閉鎖体質が問題である。

 こうした中国当局の体質について、私は2012年に出版した『中国文化強国宣言批判』という本で指摘している。当時、中国は自国の大国化の流れの中で、経済強国、科学技術強国、軍事強国、宇宙強国など「強国」宣言を連発していた。私は、そのうちの「文化強国」宣言について、表現の自由が保障されていない情報閉鎖の国が世界に向けて「文化強国」を宣言しても実現不可能と批判した。中国が巨額の宣伝費用を投じて、情報発信をいくら増やしても、発信される情報に対する信頼性がなければ、世界に受け入れられないだろう。

 11月21日放送のNHKスペシャル「広がる中国化――一帯一路の光と影」が面白い光景を流していた。カンボジア国内に設立された中国政府肝煎りの映像制作会社が、両国の友好ぶりを伝えようと、プノンペン市内の公園で友好の歌を歌うコーラスグループを映像に収めるシーンだった。この歌は中国との友好関係を築いてきた故シアヌーク国王が制作したものだそうだが、コロナ禍の中、公園の管理当局は集会の禁止を理由に、撮影をやめさせようとする。しかし、制作会社の中国人経営者は、あらかじめコネを作っていたカンボジアの情報当局の許可があると主張し、撮影を強行した。どう聞いてもつまらぬ友好の歌を、こんなやり方で制作して、誰が歓迎するのだろうか。これでは友好などあり得ないと疑問に思う光景だった。中国当局はいま文化強国を目指して、対外宣伝に膨大な予算を投じている。だが、世界中でこのような逆効果の無駄遣いを繰り返しているのが現状だ。

 とはいえ、だからといって、憶測だけの、強権体制批判報道でいいのか、というのが、日本メディアの中国報道に対する私のコメントである。日本の対中外交、中国報道が社会の嫌中ムードだけで、アメリカの対中政策に追随するだけでいいのか。アメリカも日本も、経済では切り離せないほどの相互依存体制にあり、日本の置かれている国際情勢をしっかり踏まえた対中政策となっているのか、を検証する中国報道であってほしい。中国の人権状況に問題があるのは周知の事実だが、では日本の人権状況はどうなのか。相手の非のみをあげつらっているだけでは、相手側の反発を招き、対立をエスカレートさせるだけであることをわきまえる必要がある。

 日本のメディアの中国報道に不満を持っている私は少数派かと思ったら、最近、公表された言論NPOが中国の国際出版集団と共同で行った世論調査では、自国メディアが日中関係の改善や両国民間の相互理解を促進していくことに「貢献している」との問いに、日本人では自国メディアが「貢献している」との見方は19.6%に過ぎないという。さらに日本人で日本メディアの日中関係に関する報道を「客観的で公平」と感じている人は10.8%となり、調査開始以降の17年間で最も低い評価となったそうだ。日本のメディアは現状の中国報道を考え直した方がいい。

 11月は、米中首脳によるオンライン会談が実現した。アメリカを中心とする自由主義陣営の中国包囲網による厳しい対立が続く中、ようやくバイデン政権誕生後初の対話が実現した。読売は一面トップで「米中首脳衝突回避で一致」と会談の結果をそれなりに評価していた。しかし、朝日は「米、台湾の現状変更に『強く反対』」「中、独立勢力に警告『断固処置』」との見出しで、「双方は意思疎通の必要性では一致したが、対立構造の根深さも浮き彫りになった」と会談の結果に否定的な評価を下していた。一面左肩という扱いにもそうした低い評価が示されている。

 だが、一回のオンライン会談で対立が解消するだろうか。中国を「独裁政権」というフレームのみで切り取り、民主と独裁の対立というフレームで米中関係を見ていると、こうした対話が持てたこと自体が現段階では一つの成果だという冷静な評価ができないのだ。

 実は朝日も読売もこの会談を実現した舞台裏を見のがしていた。オンライン会談は10月初旬、スイスで開かれたサリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)と中国外交トップの楊潔篪(よう・けつち)共産党政治局員との会談で、その開催が原則合意された。

 そのサリバン補佐官は会談に先立つ11月7日、米CNNテレビのインタビューに対し、アメリカによる政策で中国に根本的な変革をもたらそうとする過去の政権の中国政策は誤りだったと述べている。この発言内容こそオンライン会談実現の経緯を示すものであり、将来の大きな政策転換にもつながる可能性を持つ。ところが、大統領補佐官の発言をきちんと報じたのはNHKだけ。共同、時事は、このインタビューで同補佐官が「台湾海峡の安全と安定を揺さぶる中国の活動を懸念する」と述べた点をメインとする報道だった。毎日や地方紙はこの通信社電を使っていたが、朝日も読売も恐らくこの懸念発言にのみ目を奪われたのだろう。それは以前のアメリカの姿勢と変わらないので、ニュースとならないと判断しこのインタビューを無視した。

 中国の昨今の強権姿勢は多分に、アメリカを中心とする包囲網が中国の体制転覆を狙っているとの警戒感から来ている。サリバン発言はそうした警戒感を多少とも緩めるものである。そうしたやりとりが舞台裏であってオンライン会議も実現したのである。対決ばかり強調する報道をしていたら、そうした舞台裏の動きが見えないし、今後の行方も見えなくなってしまう。

 もう一件、日大の背任事件をめぐる報道を取り上げたい。この事件に対する最大の関心事は、8000万円とも1億円ともいわれる巨額の金を受け取ったいた田中英寿理事長の刑事責任が問えるかどうかである。17日付けの朝日社会面は、元理事らの追起訴に関連してこの問題を解説した。

 それによると、「背任罪の成立には、日大に損害を与えるという認識や、自分や第三者の利益を図るという目的を立証しなければならない。田中氏を共犯に問うのは、手元に来た資金が作る仕組みまで理解していたという証明が必要となる」と解説する。その上で「『ごっつぁん体質』。検察幹部は相撲部出身の田中氏をこう評し、『現金を受け取っていても全体の構造を知らなければ背任罪の共謀認定は簡単ではない』と語った」と、捜査の見通しを伝えている。

 この記事は、巨額の金を受け取ったが、ごっつぁん体質だから、罪に問えないと言わんばかりのトーンである。私のような素人考えでも、理事長は少なくとも所得税法違反に問えるのではないかと思った。現役の相撲取りではあるまいし、日本最大の学校法人の理事長である。巨額の金を趣旨も聞かず受け取ること自体、あり得ないことだろう。この長文の記事を書いた記者はそうした疑問を検察幹部にぶつけないのだろうか。これでは検察の言い訳を聞くだけの御用聞きだ。

 と思いながら、読売を開くと、社会面のトップに「日大理事長、8000万円無申告か」という大見出しが見えた。それによると、「東京地検特捜部は、田中理事長が謝礼金などを税務申告しておらず、所得税法に抵触する可能性があるとみて、国税当局と連携して資金の流れの解明を進めている」としている。さらにこの記事では、「田中理事長は背任事件への関与を否定し、藪本被告らからの現金についても、『もらっていない』と供述したという」と伝えている。つまり、田中理事長は虚偽の証言をした悪質な所得税法違反であり、通常なら逮捕されてもおかしくない。朝日の記事にはこうした厳しい批判の目が感じられない。

 しかも朝日は、その翌日、一面で「日大理事長所得隠しか 計1億円超申告せず」と、まるで特ダネでも取ったかのような扱いで報じている。中身は読売の後追いであり、前日の報道の打ち消しでもある。

 さらにこの記事のだめなところは、記事の最後に付け加えた日大広報課のコメントだ。背任で起訴された2人の被告からの田中氏への現金提供は「ないと聞いている」とし、さらに税務申告も「適切に行っていると聞いている」とそのまま伝えている。一体誰から聞いたのかくらい、質問してみないのか。ここでも問題意識のない御用聞きである。こうした報道が「悪い奴ほどよく眠る」日大の無責任体制を許してしまうのではないか。

 批判ばかりでは申し訳ないので、これはなかなかやるではないかという記事も紹介しよう。

 総務省が26日公開した2020年の政治資金収支報告書をめぐる報道。ほとんどの新聞が、「新型ウィルスの感染拡大で政治資金パーティの収入が約3割減と過去最大の落ち込み幅となった」との発表通りの報道だったが、朝日新聞は自社の調べとして、「政府が感染拡大防止を呼びかけていた『勝負の3週間』(昨年11月25日から12月26日)の期間中、菅義偉前首相や西村康稔前経済再生相ら当時の閣僚を含む国会議員70人が、計85回の政治資金パーティを開催していた」と報じている。

 朝日はさらに社会面でコロナ禍での政治資金パーティの実態や開催した閣僚らへのインタビュー(ほとんどが取材を拒否)などを詳しく伝えている。さらに総合3面では、政党から政治家個人に渡る「政策活動費」の支出が使途を届け出る必要がないため、不透明となっており、自民党から二階幹事長への「政策活動費」が全体の6割以上にあたる6億3020万円にのぼると明らかにしている。御用聞きではない、しつこい報道のあるべき姿を見せてくれた。

 東京地検特捜部は29日、所得税約5300万円を脱税したとして、所得税法違反の疑いで日本大学理事長の田中英寿容疑者(74)を逮捕した。2021.11.29 13:49  共同通信


 ◆ 高井潔司 メディアウォッチャー

 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授を2019年3月定年退職。