月刊ライフビジョン | メディア批評

政治の低迷許す垂れ流しの選挙報道

高井潔司

 今月のメディア批評のテーマは、新聞、テレビの選挙報道ということになろうが、選挙の公正ということで、各社、ともかく各党の主張をそのまま平等に伝えることに終始し、見るに耐えない惨憺たるありさまだった。

 とりわけ、選挙戦直前、財務省の矢野康治事務次官が月刊誌「文芸春秋」に寄稿し、与野党の政策論争を「バラマキ合戦」と指摘したにもかかわらず、与野党ともに臆面もなく、バラマキ公約を次々と発表した。極めつけは子育て支援として一所帯に1000万円という‟思い切った公約“を発表する政党まで登場した。どうせ実現しないのだから、威勢の良い方がいいということなのだろうか。それが総額いくらになるのか、果たして計算してみたことがあるのだろうか。どこからその財源を持ってくるのか。

 マスコミはそうしたバラ色公約を丸ごと紹介するなら、その実現性、問題点もしっかり分析して伝えるべきだろう。いやそれは選挙の公正に関わるのでコメントできないというなら、実現性のない公約は一切、平等に取り上げなければいい。

 別掲のように、日本新聞協会は1966年、選挙報道に関して統一見解を宣言している。そこでは「はじめから虚偽のこととか、事実を曲げて報道したり、そうしたものに基づいて評論したものでない限り、政党等の主張や政策、候補者の人物、経歴、政見などを報道したり、これを支持したり反対する評論をすることはなんら制限を受けない」と明言している。新聞協会のHPには、この見解を今でもアップしているから、有効なはず。では、この精神はどこに行ってしまったのか。見解の結びの言葉を改めて紹介したい。

 「事実に立脚した自信のある報道、評論が期待される」。

 こんなバラマキ公約合戦が展開されるようになったのは、自民党の高市早苗政調会長がテレビ番組で、矢野次官の指摘を「小ばかにしたような話だ。次官室から見える景色と私たち(国会議員)が歩いて聞いてくる声とは全然違う」と批判したことに始まる。

 岸田首相は「聞き上手」をキャッチフレーズに政権をスタートさせ、高市政調会長もその流れにあるのだろうが、聞く耳は、「聞きたくない話もきちんと聞く」ことであって、大衆の声に媚びることではない。矢野発言は、日本の財政を預かる現職の公務員としてぎりぎりの発言で、その発言の重さをまるで理解しようとしない、開き直り発言だ。あなたたちは、私たちの発言を忖度しておればいいという姿勢だ。大衆の声を聞くことは勿論大事だが、日本経済の先行き、財政の現状などを勘案し、大衆の声をどう取り入れ、どう政策に反映するかは別問題だろう。

 というわけで、低調な選挙戦とその報道を見ていると、この国の政治は、選挙の結果がどうであれ、まだまだ低迷が続きそうである。

公職選挙法第148条に関する日本新聞協会編集委員会の統一見解(要旨)

1966(昭和41)年12月8日 第222回編集委員会

 第148条は、新聞が選挙について報道、評論する自由を大幅に認めている規定である。この報道、評論の自由を個々の記事の具体的扱いにあてはめてみると、従来の選挙訴訟をめぐるいくつかの判例でも明らかなように、はじめから虚偽のこととか、事実を曲げて報道したり、そうしたものに基づいて評論したものでない限り、政党等の主張や政策、候補者の人物、経歴、政見などを報道したり、これを支持したり反対する評論をすることはなんら制限を受けない。そうした報道、評論により、結果として特定の政党や候補者にたまたま利益をもたらしたとしても、それは第148条にいう自由の範囲内に属するもので、別に問題はない。いわば新聞は通常の報道、評論をやっている限り、選挙法上は無制限に近い自由が認められている。したがって、選挙に関する報道、評論で、どのような態度をとるかは、法律上の問題ではなく、新聞の編集政策の問題として決定されるべきものであろう。

 従来、新聞に対して、選挙の公正を確保する趣旨から、ややもすれば積極性を欠いた報道、評論を行ってきたとする批判があった。このことは同条ただし書きにいう「……など表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない」との規定が、しばしば言論機関によって選挙の公正を害されたとする候補者側の法的根拠に利用されてきたためだと考えられる。

 しかし、このただし書きは、関係官庁の見解あるいは過去の判例によっても明らかなように、一般的な報道、評論を制限するものでないことは自明であり、事実に立脚した自信のある報道、評論が期待されるのである。


 公職選挙法148条

 この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定(第百三十八条の三の規定を除く。)は、新聞紙(これに類する通信類を含む。以下同じ。)又は雑誌が、選挙に関し、報道及び評論を掲載するの自由を妨げるものではない。但し、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない。


◆ 高井潔司 メディアウォッチャー

 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授を2019年3月定年退職。