月刊ライフビジョン | メディア批評

行政の私物化極まれり――総務省次官更迭

高井潔司

 年の瀬、唐突なとんでもないニュースが飛び出した。総務省の事務次官が情報漏洩で更迭されたというニュースだ。かんぽ生命の不正販売をめぐって、総務省が日本郵政グループに対し検討していた行政処分案を、元総務省次官で日本郵政に天下りしている鈴木康雄上級副社長に対し漏らしていたという。

 この鈴木副社長については、先々月の本欄でも取り上げた。不正販売問題を調査、追及する報道をしていたNHKを恫喝し、挙句にNHKを「暴力団」呼ばわりした問題の人物である。国会にも参考人として呼び出されたが、開き直る発言を繰り返した。かんぽの不正は、判断力の衰えたお年寄りを標的にした「オレオレ詐欺」まがいの手口であり、これを追及しようとしたNHKの取材班のささいな発言を取り出し、NHKを監督する総務省の元の肩書をちらつかせて、NHKを「ガバナンス欠如」とNHK経営委員会に抗議文を突きつけ、番組の打ち切りと謝罪をもぎ取った。NHK経営陣に圧力を加えた鈴木副社長の手法こそ、まるで暴力団の用心棒的だと私は批評した。そしてこの問題をきちんと追及しない新聞社のふがいなさを嘆いた。

 不正問題については、情報漏洩事件が発覚する二日前、日本郵政とかんぽ生命の社長が記者会見し、郵政グループとしての調査概要を説明し、陳謝した。まだ調査途中の調査報告だったが、郵政自身が不正の原因をガバナンス不足とした。自身のガバナンス不足を棚上げにして、NHKを脅し、報道を妨害した鈴木副社長の姿勢を改めて問題にするいい機会だと、私は感じたが、そんな視点をもったメディアは一つもなかった。

 今回、それどころか、情報漏洩事件が発覚して、鈴木副社長が国会招致にも懲りず、一連の事件をめぐって、依然として暗躍していたことがわかった。朝日新聞によると、鈴木副社長は菅官房長官と関係が深く、次期日本郵政の社長候補とさえ目されていたという。もはやあきれ返るほかない。

 情報漏洩発覚を受けて、各新聞を読んでみたが、ただ記者会見のやりとりを報じるだけのところが多く、問題意識も薄く、独自の取材や深堀りがない。わずかに目をひいたのは、朝日が問題の副社長が社長候補だったと報じたくらいだ。

 次官更迭を発表した高市総務大臣が、一体どのようにして情報漏洩をキャッチしたのか、書いている新聞はなかった。記者会見以上の取材をしていないからだろう。かろうじて東京新聞に「日本郵政側が検討状況を把握し、関係者に働き掛けているとの情報があり、17日から省内の内部監査を実施した」とあっただけだ。

 数日前、事情通が、テレビかラジオで、年金の不正販売問題はそっちのけに、日本郵政など政府系企業のトップの人事にどれだけ自分の息のかかった人物を押し込むか、自民党内の実力者の綱引きになっていると語っているのを漏れ聞いたが、ひょっとすると、そうした綱引きの中で、社長有力候補の鈴木副社長下ろしが進められたのかもしれない。こうした背景をしっかり新聞は追及すべきだろう。情報漏洩事件の発覚も自民党内の実力者の暗闘の結果なのかもしれない。それくらい奥深い問題だろう。

 ところが、産経2面は、高市総務相が総務省OBが郵政グループなどの取締役に就任すべきでないと発言したことを取り上げ、「金融庁のかんぽ不正に関する行政処分が出る27日にも人事が発表されるのではないか」(関係者)との見方があったのに、「高市氏の発言で検討されている人事案がちゃぶ台返しになる可能性がある」と書いている。記者は「ちゃぶ台返し」の意味がわかって書いたのかどうか。せっかく「鈴木社長」という線でお膳立てが出来ていたのにという意味にしか取れない。一連の事件が多数のお年寄りを被害者にした保険販売の不正、報道に対する不当な圧力に止まらず、安倍政権下で蔓延する高級官僚や政治家による「行政の私物化」の現れだというのに、そうした問題意識が全く欠如している。

 桜を見る会に、反社会勢力が招待されていた問題で、菅官房長官は「反社会勢力の定義は難しい」と言い逃れし、問題をうやむやにしている。一方、鈴木副社長は国会に呼ばれた際、「なぜNHKを暴力団と呼ぶのか」と質問され、「一方的に攻撃し勝手な主張をするのは極めて悪質で、反社会的勢力と同じではないか」と明解に定義してくれた。菅官房長官は、彼を日本郵政の社長に押し込むより、国会答弁でも、記者会見でも、歯切れのいい答弁ができるよう、自身のブレーンに迎えてはどうだろうか。警察OBを使って「がさ入れ(家宅捜索)」情報を入手する暴力団のような手法を実践し、インテリやくざのやり方に最も詳しいお方なのだから。


高井潔司 メディアウォッチャー

 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授を2019年3月定年退職。