月刊ライフビジョン | 社労士の目から

過労死の陰に生産性信仰あり

石山浩一

 パワハラを防止する法律が今年5月に成立し、その効果が期待される。

 「労働施策総合推進法」がその法律で、2020年4月(中小企業は22年4月)に施行される。こうした報道がされて間もない11月中旬に、トヨタ自動車の男性社員が自殺し、その2日後に三菱電機子会社の男性社員の過労による自殺を朝日新聞が報じていた。2015年には電通に入社して間もない高橋まつりさんが、上司のパワハラと連日の深夜労働や休日勤務による過労が重なって自殺をしている。この自殺が長時間時間に対する罰則を厳しくする労働基準法改正の引き金になったともいわれている。なぜパワハラや長時間労働がなくならないのか。

“問われる管理者の能力”

 今回のトヨタ自動車と三菱電機子会社の事件は、いずれも2017年の自殺が今年の9月と10月にそれぞれ労災と認定されたものである。高橋まつりさんの労災認定は16年9月で、当時は大きく報道されていたが、それに続く過労等による自殺である。

 私がかつて勤務した製造業では、社内で労災事故が発生した時は同種の機械の点検を行い、同じ労災が起きないための対策を求められていた。

 長時間労働やパワハラによる自殺は労災であり、他企業の事件であっても自社の事件と想定して部下の勤務時間や職場環境を確認するのが管理者の仕事といえる。しかし、そうした対応がなかったようである。トヨタ自動車の社員は2015年に入社の技術職で、研修後の2016年3月に設計の職場に配属されている。その配属先の上司のパワハラで3カ月休職し、職場復帰後の自殺だった。職場復帰していることから病気は治ったと判断され、職場復帰後の自殺との因果関係が難しいとされている中での労災認定のようである。

 一方、三菱電機子会社の40代の社員も技術職で副課長の管理職、勤務は裁量労働で長時間労働による精神障害を発症していた。その後勤務工場を移動したものの、自殺するに至った。副課長という管理職ではあるが、その上司の責任は問われるものと思われる。

 職場における管理職の責任は重いものがある。果たしてどれだけの管理職が部下の行動や職場環境に責任を自覚しているのだろうか。「制度を変えるのは経営陣。空気を換えるのが管理職。」(グーグル日本法人 河野あや子)この言葉こそが求められているようである。

“生産性向上は誰のため”

 生産性向上は経営のキーワードであり、永遠の課題でもある。現在叫ばれている「働き方改革」もその根っこにあるのは生産性向上である。先日テレビで、「働き方改革」の一環として在宅勤務を導入したら残業時間が大幅に減ったという企業を、厚生労働省の幹部が視察するのを放映していた。また、オフィスの照明を一定時間になったら消して長時間労働を減らすということも報じられている。

 しかし、仕事の量は変わらないのに在宅勤務にするとなぜ労働時間が減るのだろうか。オフィスの消灯時間を早めるとどうして残業がなくなるのだろうか。「無理をさせ 無理をするなと 無理をいう」かつてのサラリーマン川柳の1句だが、こうした上司がいないため在宅勤務や自宅での仕事がはかどるのだろうか。消灯時間が早まれば残った仕事を持ち帰って、自宅で仕事をせざるを得ないのである。結局、自宅で仕事をする時間が測定されないために残業とならないだけである。テレビの報道に出演した厚生労働省の幹部に、「在宅勤務をしたら、なぜ労働時間が減ったか」を会社に質問して欲しかった。

 生産性を高めるためには労働時間を長くすることが一番簡単であるが、その弊害が過労であることは否定できない。過労の根っこには生産性向上が横たわっている。

 生産性とは何か。生産性向上の尺度はなにか。生産性向上がお経のようなものであれば害はないが、命に影響する長時間労働に直結することを考えて、改めて生産性向上の意味を確認すべきである。


石山浩一 
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/