月刊ライフビジョン | 社労士の目から

“自由な働き方”の落とし穴

石山浩一

 安倍内閣が提唱した働き方改革は、基準法等の改正を行って一段落のようです。提唱された働き方改革の主旨は生産性向上にあり、すべての働き方改革は生産性向上に通じなければならいといえそうです。ワーク・ライフ・バランスも生産性向上にとって必要であり、正規・非正規という働き方は生産性向上を阻害していると言います。長時間労働を是正し、正規・非正規の理由なき格差をなくせば生産性は向上すると「働き方改革実行計画」は提言します。生産性向上なければ働き方改革は絵に画いた餅にすぎないのです。

 同時に働き方改革で強調しているのが「柔軟な働き方」で、テレワークや副業に兼業、そして非雇用型の働き方を指します。しかしこれらの働き方には必要な法整備がなされておらず、問題が散見されます。

曖昧な“フリーランス”の立場

 闇営業が報じられて“フリーランス”が脚光を浴びました。フリーランスの呼称は耳にしていましたが、正確な内容は知りませんでした。フリーランスとは一定の技術や技能を持つ人が案件ごとに企業と契約をし、技術や技能を提供する働き方で、雇用契約が存在しないようです。今回話題になったお笑いタレントの闇営業は、企業と雇用契約を結んでいたのでフリーランスとはいえず、反社会的な人たちとの関係や雇用契約の中身が問題だったようです。

 フリーランスといってもその都度企業と契約を結んでいるので、自営業と同じです。その業務が芸能や技能の場合はフリーランスと呼びますが、芸能人でも会社を設立して仕事をしいている人は多く存在します。多分そういう人はフリーランスとはいわないのでしょう。社労士の仕事でも、問題があればその都度企業と契約して業務を行う自営業の人もいますが、フリーランスとはいいません。

 仕事を依頼する企業はフリーランスを選択することができます。取引上、優越的地位にある者が、取引先に対して不当に不利益を与える行為は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律に抵触します。しかし、企業に義務付けられているのは労働者に対する防止策であり、取引先事業主であるフリーランスへのパワハラには該当しないとされています。

 そのほか労働者にとって欠かせないセーフティネットの厚生年金や健康保険は、それぞれが国民年金や国民健康保険に個人加入者となり、労災も適用されません。不安定な業務形態において、何時起こるか分からない病気やけがや安定した老後の生活のための備えは自己責任となります。法的整備が未熟な状況でのフリーランス等の非雇用型の働き方は、慎重でなければなりません。

ダブルワーク”は慎重に

 働き方改革実行計画では副業・兼業に向けたガイドラインや改定版モデル就業規則を策定し、ダブルワークを推奨しています。ダブルワークを希望する人は近年増加していますが、認めない企業が多いと分析しています。労働者の健康確保に留意しつつ、原則副業・兼業を認めるように促しているのです。

 企業で働く場合は、週40時間を基本に労働時間を厳しく制限しています。週5日勤務のA社で8時間働き、終業後B社で3時間働いた場合、週55時間労働となって基準法違反となります。この場合、違反と認定されるのはA社なのか、B社なのか、法的には明記されていません。また、B社で業務上のけがをして休業した場合の労災補償給付の日額はA社の賃金なのか、B社なのか、それともA社とB社の合算額なのかも明記されていません。労災法では算定すべき事由の発生した日以前3カ月間に支給された賃金総額となっており、現状では判断が困難です。また雇用保険の基本手当の賃金日額にも、同様な問題があります。

 働き方改革実現会議は旗を振るだけで、法律の整備は行政が行うというのでは、労働者は戸惑うばかりです。なぜダブルワークを求めているのか、ダブルワークは本当に必要なのかを説明し、法的整備を推進すべきです。

 人手不足解消のためのダブルワークであれば、無理な働き方に直結するのみです。目ざとい業者がこうした問題を承知しながら就業斡旋する可能性が十分にあり、被害を受けるのは安易にダブルワークを志向する国民です。行政が旗を振るのであればきちんと問題の整理が出来て、安全が確保されてからにすべきです。


石山浩一
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/