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桜美林大学高井潔司教授最終講義報告 [完]

ライフビジョン学会

日時:2019.05.25 14:30-17:00 於ハロー貸会議室半蔵門/千代田区平河町

私のメディア論 第1部 体験的新聞論―読売新聞記者時代(1972—99年)

私のメディア論 第2部  理論的新聞研究―北海道大学時代(1999—2012年)

(1)いかにメディア論を科学するか

 99年、読売論説最後の年に広報とメディアの専門家を養成する大学院を作るが来ないかと、北海道大学に誘われた。これ以上読売新聞社にいて、管理職になってナベツネの代弁者になるのもいやだなと思い、喜んで誘いに乗ったのだが、希望して準備をしていたわけでは全くなかった。

 大学院だから大丈夫かと心配して大学時代の恩師・近代西洋経済史の山之内靖先生に、相談したら、向こうが来いというのだからやればいいんだ。失敗してもそれは向こうの責任だから(笑)行きなさいよ。ご自身の失敗談も明かされ、励まされた。

 行きましたら、ある学者から、研究者は丹念に文献、資料を読み、理論を構築している。経験だけの記者とは違う。経験論でなく理論的に研究しろと、ほとんどいじめに近いようなことを言われカチンと来たが、ある面確かにそうだと思った。

 私は中国語学科だったのに近代西洋経済史ゼミにいて、大塚久雄先生の弟子の山之内教授の元でマックスウェーバーを読み、社会科学の方法論をかじった。大塚先生『社会科学の方法』は何度紐解いたことか。

 実は社会科学も自然科学同様に、客観的な法則を探求する学問です。社会科学は私たち人間の科学なのだが、人間には意思があり、法則的にやらないことも意思の自由の一つで、なかなかそのようにはならない。それをどう科学的に考えていくのか。

 大塚先生は著書『社会科学の方法』の中で、マルクスの疎外論を紹介しながら、人間自身の力とその成果は、人間に対してあたかも自然がそうであるかのような、独自の法則性を持って運動する客観的過程に変わってしまうと書かれている。

 つまり自分たちの仕事を自由に選んで、自分たちの創意工夫によって仕事をなすのではなく、実は現代社会において私たちは、社会の生産力や生産関係において自分の行動が規定されてしまう、という考え方です。簡単に言えば金が全て、やりたくないのにカネのために働くという考え。

 もう一つ、恩師から繰り返し言われたのは、私たちは人間なのだ、人間とは神と比較すれば、制約のある、有限的存在なのであると。

 私は先生に、当時かぶれていた毛沢東の研究をしたいと言ったところ、ダメだ。毛沢東は神のように振舞っているけど、彼は神ではなくて人間的な存在であるという意識が欠けている。まだ元気で存命中の、資料も情報も全部入るわけではないものを研究するのはダメだよ、ということになった。

 私が担当するメディア学というのは心理学、社会科学の中では、あまりまともな学問と考えられていない。メディアはこうあるべきだ、という規範論が先行し、なぜそうなっていくのかという科学的な議論が足りない。そのために学問として、メディアをどのように定義するかを提起しておかなければならない。

 メディアは情報を伝達する道具である。情報はメディアに載せるために、現象だとかメッセージを、文字、音声、写真、デジタル信号など記号にして成り立っている。それをメディアを通して発信する。新聞、ラジオ、テレビはマスメディアが発達したことにより、不特定多数の人に大量に発信することが可能になり、社会そのものを拡大していくことが可能になった。今ではインターネットでデジタル信号にして情報発信できる時代なっている。

 一方で私たちの現代社会は近代以降、いろいろ批判を受ける中国にあってさえも、言論の自由、思想表現の自由に向かい、職業選択の自由、居住の自由はかなり強くなっている。

 社会の一員として、社会がどう動いているのか、メディアを通して情報を得る、情報を共有していろんなものを作っていく、そういうシステムの中で社会を作ってきている――わけだった。最近は少しずつ変質しているが、そういう仕組みになっている。

 そういう中で私たちメディアは正しい情報を発信しているだろうか、あるいは機能しているかに対して疑問を持ち始めている。どのようにすれば正しく機能できるのか、正しくとはどういうことなのか、ジャーナリズムをもう少し定義して、概念、理想型というものを作っていきたい。

 ジャーナリズムは一般的には、ニュースや評論を発信するメディア・組織のことを言うが、メディア論、学問として考えるときには、ジャーナリズムの言葉をもう少しきちんと定義して、ジャーナリズムの理想型を作る。そうすることでそれと現実のメディアとの、発信の食い違い、その開きを批判的に読み取っていくことができるだろう。聞けば当たり前のことで理解されると思うが、一応定義した。

 私たちの社会というのはメディアを通して情報を共有し、社会のあり方、私たちの生き方、倫理を形成していく。私が定義するジャーナリズムはただ、情報を発信している組織ではなくて、日々社会の動き、とりわけ権力の動きをウォッチする。私たちにはこの社会はどんな社会で、どう動いているのか、どんなことが起きているのか、知る必要がある。それを日常的に常時監視する、それがジャーナリズム組織だ。

 その中から皆が知るべき情報を発信する。これがいま、この世の中で大事なことなのだということを、メディア自身が独立的に発信していく。

 次にそれをどう理解し、世論形成していくのか。それに対して十分に議論しているか。誤報もある、自分たちが発信したことに対して説明責任をもつ組織をジャーナリズムと言いましょう、多くのメディアはこれを建前にしているが、実際はそこからずれていると思う。

 それは理想にしているのだが、なかなか実現できない。なぜできないのか、それを考えるのがメディア学だ。ここに倫理や法則が見いだせる。固定したルールで考えない。日本の、総合紙と呼ばれている新聞は、表現の違いはあるが、「真実中立客観報道」を掲げている。

 ではそれがどうして、中立でなくなったり客観的でなくなる、事実でなくなったりするのかを考えよう。批判論を出発にして、そこからなぜ外れちゃうのか。それを探求するのが学問としてのメディア研究、ジャーナリズム研究です。そしてできないことに対してきちんと説明責任を果たし、訂正修正していく、場合によっては更新していくのが、ジャーナリズムだというわけです。

 余談になるが野村監督の名言に、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。」あるいはイチロー選手の名言で、「実は8千回、討ち損じた悔しい思いをした。その打ち損じたことに自分は向き合ってきたから今日があった。」

 野村さんの言葉には、負けたところにはきちんと負けた理由がある。勝つ時は運がいいこともあるし、分析できない。分析できるのは「負け」なのだ。メディアの研究でも、なぜ誤ってしまうのかということを考えるのが「メディア学」と考える。

 その中で私は、W.リップマンの「世論」に力を入れている。ここにいる私の学生は、また先生が言っている(笑)、私は毎年々々20年、北大時代も桜美林時代も、この本を取り上げてきた。

(2)リップマン「世論」の要約

 リップマンの考えの一つに「擬似環境論」がある。

 実はメディアが発信している情報というのは、事実に似せたもので、事実ではない。本人に取材するにしても一部の側面しか見られない。すべて表現できない、制限や制約がある。だから情報というのは、そのものではない、擬似環境である。

 しかし擬似環境といっても、嘘か全くでっち上げた幻想か、科学者が突き詰めたものか、いろんなレベルがある。作り事もある程度まで真実を含んでいる。その信憑性を考慮すれば、それを現実にどれぐらい読み取って解釈するか。

 「ステレオタイプ論」もリップマンがメディア研究に取り入れた概念である。

 私たちは物事を聞いたり理解する前に、事前に、頭の中にイメージがあって、物事を見ている。見てから定義するのではなく、定義してから見る。外界の混沌状態の中から常に、我々の文化が我々のために、定義してくれているものを拾い上げる。

 学生が京都旅行に行く、ガイドブックを見てここに行け、この店がおいしいとか、それを確認しに京都に行く。自分で京都とは何か、京都とはどんなところか、観察するより先に、すでに定義され、ガイドブックで教えられたイメージで京都を回って、「良かった」と帰ってくる。自分で京都と格闘して、新しく京都を発見する時間もカネもない。現代人はステレオタイプの情報に頼っている。

 ステレオタイプに関連して、大学の講義ではかならず見せたのがNHKクローズアップ現代の「空白の3時間」(1992年放送)だ。この番組は、事件の日、ノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏と共に広場のハンストに参加した台湾人歌手の証言とスペイン国営放送の映像によって、広場では言われるような軍による虐殺はなかった点を明らかにしている。劉氏も本人の著作の中で同様の証言をしている。

 しかしながら、多くの学生は高校までの授業や報道で、広場で虐殺があったと思い込んでいる。当時の混乱状況の中で、私自身の報道もみせながら、当時のハンスト学生たちの情報に依存し過ぎ、行き過ぎた報道になってしまったことを反省を込めて話す。軍や共産党は悪、学生は正義というステレオタイプが、記者にも読者にも影響し、事実を分析する発想を失っている。いまもって誤った報道により作られた国際世論がまかり通っている。これは天安門事件に限らず、湾岸戦争やイラク戦争、ユーゴスラビア紛争でも見られた現象だ。そうしたステレオタイプに左右される国際報道の問題点の指摘は、国際問題を理解する上で重要だ。

 リップマン「世論」の各ページには宝物のような文章が書かれている。

 新聞論、報道の自由については「新聞と政治学」で、「民主主義者たちは新聞こそ、自分たちの傷を癒す万能薬だと考えている」。リップマンは自分が新聞記者であり、死ぬまで記事を書いていたが、「ニュースの性格、ジャーナリズムの経済基盤を分析すると、新聞は世の中を組織するものとしては不完全」だと書いている。

 私はこの部分を理解するのに時間がかかっている。特に「もし世論が健全に機能すべきとするならば、世論によって、新聞は作られなければならない」と結論する、つまり新聞というのは非常に不完全なものなのだと。

 新聞記者上がりの私には、リップマンの言っていることが理解できなかった。新聞、情報、メディアというものがいかに制約が多いのか、問題が大きかったかを彼は理解していた。この世論というのは十分な情報組織のことを言っている。

 続いて「知恵というものは必ず存在する。見出しさえすればよいと確信した民主主義者たちは世論形成の問題を、市民的自由論のひとつとして取り扱っている。市民的自由は基本的に大切であるにもかかわらず、しかし、この意味での市民的自由は現代世界における世論の成長を保障するものではない。」

 これも箴言的な言葉で、事実や真実というものはそう簡単に手に入るものではない。ちゃんと取材を通してコストをかけて、いろんな制約を乗り越えて初めて得られるものなのに、報道の自由さえあれば、市民的自由さえあれば手に入るものと考えていると、リップマンは著書『新聞と政治学』の中で、どれほど情報やメディアが、制約の中で動いているかを考えていた。

 自由さえあれば真実が得られる、確かに日本の、中国のメディア業界を考えてみるに、中国は報道の自由がないからだめだ、日本は報道の自由があるから大丈夫だ、というが実は、民主主義国家で報道の自由があっても、いろんな制約がある。公文書偽造問題など報道するためにどれほど記者が苦労しているか。それを官僚はどんなに隠したか。あるいは中国で、報道の自由がない中で、不正を暴露し、問題を指摘する記者が必ずいる。市民的自由の問題だけではないのだ。

 結局どのようにしてメディア、情報の置かれている状況、かかえている問題、その原因を考えるのがメディア学だが、実はリップマンが世論を書いた当時の政治学(メディア学はまだなかった)は、ジャーナリズムを軽視していた。ジャーナリズムは政治を動かす重要な要素なのだが、それがどんなメカニズムで動いているかを、研究していないと彼は指摘した。いまの日本のメディア学もそういう状況にある。

 一方で最終的に新聞というのは、情報を正しく伝えていると信じられ、民主主義の番人であると言ったりするが、実像からはずいぶん離れている。そういうところで彼は、政治学、メディア、ジャーナリズムの問題を考えなければいけないと訴えている。

 今のニュースには広報担当が欠かせない、ニュースの本質は記者・広報係であるとも言う。

「記録されていない出来事は個人的かつ常套的な意見として記事になるか、あるいはニュースにならないで終わるかである。そうした出来事は誰かが抗議するか、誰かがそうした出来事の出口を公然と作ってやらない限り、ニュースの体をなさないのである。」

 今日は暑いねぇ。だがそれだけでなくちゃんと気象台に行き、記録を調べ、何年ぶりだと解説してもらうと記事になる。その解説をするのが広報係です。記者がただ、暑いなぁと言っているだけでは記事にならない。それは政治、国際ニュースも全て、新聞記者は広報担当者を非常に大事にしている。だが、解説には広報係の所属する利益のために嘘が挟まれている。広報担当は新聞記者を上手く利用できることもある。これがニュースのメカニズムだとリップマンは、100年前の本の中で書いている。

(3)リップマンを発展させる

 以上は新聞だけでなく、メディアを論じ、批判する上で有益な視点であろう。例えば、私は、疑似環境論から、情報有用論、情報多様論、目的、機能に応じて、情報価値論を展開している。疑似環境であるから、加工している、加工することができるとリップマンの指摘を発展的に考えた。報道は真実が命だから、加工せず、取材を通して情報をいかに確認し、真実に近づけるかの作業をする。真実に近いものは価値を生じる。

 しかし、娯楽が目的のゲームやアニメ、映画は加工し、いかに面白く、迫真力があるか、CGグラフィックスまで駆使して制作する。メディアを利用する者は、逆にメディアがどのような目的で、どの機能を利用し加工しているかを考える必要がある。

 インターネットのニュースメディアはいかにアクセスさせクリック数を増やし、広告収入を増やすかがビジネスモデルになっており、ニュースの信頼性よりも応酬性を重視する。利用者も無料という神話に乗せられ、ネットに走り、事実よりも興味本位に陥っている。オタクメディアはいまやGAFAへと成長し、世界の経済を引っ掻き回している。

 メディアの公共性とジャーナリズム

 リップマンの『世論』を受け、アメリカでは第2次世界大戦中の1942年、メディア研究者と実務家たちがシカゴ大学総長のロバート・ハッチンスが委員長に、「プレスの自由委員会」を設置し、大掛かりな調査、討議を経て、1947年に報告書「自由で責任あるプレス」を公表した。報告書は、プレスについて、「自由であるが、その自由は市民の権利と公共的関心を組み込んでいる場合」に限られると報道の責任を強く打ち出した。日本でも戦争に加担したメディアの歴史を反省し、新聞倫理綱領が発表された。そこで「ジャーナリズム」という考え方が生まれる。ジャーナリズムは、取材組織を持ち、取材活動を通して、社会で発生している出来事を常時監視し、発信する環境監視機能、とりわけ政府監視機能を持ち、さらに何が社会にとって問題とすべきかの議題設定機能、それを通して世論形成機能を果たす。その一方で報道の責任として発信情報に対する説明責任も生まれる。かくして初めて公共性のあるメディアと言える。

 ただし、リップマンの指摘のように、情報、メディアには様々な制約があり、ジャーナリズムが公共性を果たすには、つねにその制約を克服しなければならない宿命を負っているということ。ジャーナリズムは動態的概念であり、ジャーナリズムが公共性を担っているから大丈夫とか、どのメディアがジャーナリズムと言えるかではなく、常に実際にどう制約と向き合い対応しているかを分析し、評価する必要がある。その評価では「取材」がキーワード。報道の評価も、「取材」がどうなされているか、記事中に取材した「情報源」がしっかり書き込まれているかに注目。情報源を示すことは取材の足跡を示すこと。今後のインターネット報道を考える時にも、「取材」の問題が解決のカギとなる。

(4)中国メディア研究

 90年代半ば、中国は市場経済に転換した。それに伴いメディアの大衆化が進み、党機関紙から大衆向け都市報など大衆紙が相次ぎ創刊。しかし、中国当局にとっては、党がメディアを管理するという「党管媒体」の原則を堅持しどう実施するかが、中国メディアの展開、発展に付きまとう課題であった。党が管理を緩めると、大衆紙は独自の論理で動きかねない。それが「社会主義市場経済」の政治的な特徴でもある。それから大衆メディアが日中関係に及ぼした影響を探るための、日中相互理解のための中国ナショナリズムとメディアを分析する「日中コミュニケーション研究会」の設立へとつながった。

私のメディア論 第3部  メディア融合の課題―桜美林大学時代(2012—19年)

 天の配剤か、奇縁か、クリスチャン大学桜美林へ再就職した。朝日記者たちを中心に設立されたメディア専攻。担当は「新聞の世界」「地方紙を読む」「ジャーナリストへの道」「メディアと人権」などであった。

 新聞を読まない学生に新聞論を聞かせる難しさを痛感。すでに彼らの両親でさえ新聞を読まない時代である。インターネットを否定せず、インターネットへの移行は避けきれず、むしろ移行にあたって、既存のメディアの長所をどう引き継ぐかという問題意識。言い換えれば、第1部、第2部で述べた「ジャーナリズム」理論を、インターネット時代にどう生かすか、という問題意識から授業を展開した。

 マスメディアの時代は疑似環境である情報を、取材を通して現実環境(真実)に近づけることがジャーナリズムの責任であった。しかし、インターネット時代のフェイクニュースをどう判別し、真実を伝えるのか、極めて困難な時代となりつつある。とくにマスメディア不信を煽るトランプの登場によって、世界的に真実が無力化されつつある。

 欧米、中国に比べ停滞する日本のメディア融合。メディアの公共性、責任が不在の現状。高齢者=新聞、若い世代=インターネットという世代間のギャップ。しかし、マスメディアからインターネットへの橋渡しの未来が見えず。政治や社会への無関心を助長するという方向にある。

 中国でもメディア融合は当局の肝煎りで進行している。それだけに、ジャーナリズム機能をどう押さえるかに腐心している。これに対しメディア利用者は対抗し、「自媒体」が成長している。

桜美林創設者の中国論から「大正デモクラシー中国論の命運」へ

 桜美林大学に勤めるまで、その前身が北京にあったことも知らなかった。創設者、清水安三が1920年代初め、中国の貧しい子女に読み書きと職業教育を行うために北京城外に建てた崇貞学園がその前身である。残念ながら日本が戦争に負けて引き上げてしまったのだが。彼は学校を作るために日本からの支援金は学園の建設、運営に当て、生活費は中国論の原稿料で稼いだ。時あたかも「五・四運動」など変革の進行と排日運動の高まりの中、清水は李大釗、魯迅など運動のリーダー、開明派の一流の人士との交わりの中で、中国の変革、新しい息吹を正面から伝える、すばらしい文章を書いていることを初めて知った。かつ、自分がいた読売新聞には、1年半の間に30数本の記事を掲載している。

 なぜ読売なのか? 個人的に興味を持ち読売の社史などを調べると、読売新聞が保守化する前の一時期、大正デモクラシーの代表的なジャーナリストとか、政府の弾圧で、大阪朝日、東京朝日新聞から辞めなければならなかった人たちが、読売新聞を再建するために活躍した時代があった。大正デモクラシー人脈が読売新聞にもあるのだが、その人たちが、正力松太郎が読売新聞を買収した時に皆で、「警察官僚が社長になるような会社にはいたくない」と辞めてしまった。すごい人たちだが、その人たちが北京にいた清水に中国評論の執筆を依頼していた。彼らがいなくなったために清水さんも書く機会を失った。

 大正デモクラシーの中で展開された中国論は中国の成長に注目し、同情的に描いていたが、満州事変以降、軍国主義に共鳴するメディアに変わっていく。どこでどう変わっていったのか。いま、その研究の延長上で、清水などを含め、中国の動向を適確にとらえていた大正デモクラシーの中国論がその後、どのように満州事変、日中戦争、太平洋戦争という歴史の中で変わっていったのか、変節してしまったのか。その変節を捕らえようと思って目下、勉強中で、その成果を新聞通信調査会発行の「メディア展望」で連載中。もう11回書いているが、30回ぐらい書いても終わらないかもしれない。

 私の目的は、創設者や大正デモクラシーの中国論の称賛ではなく、その展開の中に現在の中国論や中国報道が読み取るべき教訓があるのではないかということ。私が長年、報道で抱いてきた、中国論のゆがみが日中関係のゆがみに影響しているのではないかという、長年の記者の問題意識の集大成の気持ちで、大正デモクラシーの中国論の命運を考えている。

 今の日本の中国論の問題を言うと、①中国政治を権力闘争の観点からしか見ない。

 清水安三は蒋介石に直接インタビューをしている。自身の知りたいこと、書きたいことは、蒋介石の語ったことより、実は蒋介石に対する大衆の評価だ、と書いている。つまり権力抗争から見るのではない。今の日本の中国報道は指導者個人の思想に拘泥する、すぐ権力抗争の話になる。

 それから中国の変革を正面から見ない。②中国人はこう、中華民族はこう、中国の伝統文化はこう、とステレオタイプな決めつけに終始し、中国の変化、変革をフォローしない。

 ③日中関係を見る時、自国の姿勢、対応を振り返ることなく、問題をすべて相手の責任とする(それは中国側にも言えること)。それを清水安三は批判しているが、いまそういうことはないのだろうか。

 ④自国の権益、国益を振り回し、相手の権利、国益は念頭にない、

 ⑤日中関係を取り巻く国際環境を前提にして、いまどこにあるのかから考える姿勢が非常に弱い。情勢の推移に目を向けない――などが指摘できるだろう。

 大正デモクラシーの良質な中国論は、これらの問題を克服している。こういう点に着目して、今後も研究を進めていこうと思います。        (拍手:Photo by Pooh)


《高井潔司》 1948年神戸市生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授を2019年3月定年退職。公益財団法人新聞通信調査会『メディア展望』に「大正デモクラシー中国論の命運」、月刊ライフビジョンwww.lifev.com「メディア批評」連載中