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働き方改革の源流を探る 報告2-1

ライフビジョン学会

 働き方改革では、賃上げと並んで正規・非正規の格差問題などを巡る動きが注目されます。ライフビジョン学会は2019年2月23日(土)午後、国立東京オリンピック記念青少年センターにおいて働き方をめぐる公開研究会を行いました。

       ―――――― プログラム ――――――

       講演1 「同一労働同一賃金の課題について」 社会保険労務士 石山浩一

             (報告1/月刊ライフビジョン2019年4月1日HeadLine

講演2 「賃金労働の源流について」 有)ライフビジョン代表 奥井禮喜

――賃金の歴史的検討――その1

(1)労働によって人類は発展してきた

 まず「労働」という言葉について考えよう。労働とは広辞苑によると、

 ① 骨折り働くこと。体力を使用して働くこと。

 ② 経済学ではlabor、人間が自然に働きかけて生活手段や生産手段を作り出す活動。労働力の具体的発現。

 J・ラスキン(1819~1900)『建築の七燈』には、「ほとんどすべての古い仕事は骨折り仕事であった。われわれの仕事は粗悪なものより未完成のほうがよい」という有名な記述がある。

 わが国最初の国語辞典『言海』(1889)では、「働」――この字は人と動の合わせ字で、明治時代に作られたらしい。

 ① 動く。勉めて事を為す。骨折りて行う。動作、労動。

 ② 動きて用をなす。効能をなす。奏功。

 働くことの意義を考えてみると、

 a 人間は目的意識をもって働くのだから、能動的行為である。

 b 人間は生産手段を生産する。これも大きな特徴である。

 c そして、何よりも、人間の労働力こそが生産力の原点である。

 ゲーテ(1749~1832)が生涯をかけて制作した戯曲『ファウスト』(1831)には、ファウストが、『新約聖書』ヨハネによる福音書の冒頭「太初(はじめ)に言葉ありき」を、「太初に業(わざ)ありき」と書く有名な場面がある。人間は働く。人間と他の動物の本質を区別して、ホモ・ファーベル(fomo faber)、工作する人という。これは、人間がとくに道具を作ることを指摘する。

(2)労働観の変遷

 労働観がどのように変遷してきたかについても考えておこう。

 西欧労働観の原点を、『ギリシャ神話』に見る。神の怒りをかうことになるが、プロメテウスが火を人間に与えた。人間は働かざるを得なくなった。古代ギリシャでは労働は卑しいものとされ、労働を担ったのは奴隷である。市民は貴族的閑雅をいかに充実させるかで知恵を絞った。絢爛たる文化の陰に奴隷ありだ。

 労働は、知恵と技術である。『旧約聖書』では、イヴとアダムは蛇にそそのかされて神が禁止した掟を破ってリンゴを食べた。ために楽園から放逐された。

 J・ロック(1632~1704)は、これを「神はアダムを日雇い労働者にした」と喝破した。禁断の木の実を食べたおかげで、分別や知恵はついたが、働かざるを得なくなったというお話である。

 だから、キリスト教的労働観では、人間は神の罰を受けたのであり、その贖罪としての労働をするという理屈になった。パウロ(?~64)は「働かざる者食うべからず」(『新約聖書』テサロニケ人への第二の手紙3-10)と主張した。

 日本的労働観らしきものを列挙すると、

 鈴木正三(1579~1655)は元幕臣で出家して仮名草子作家になった。「農業は仏行なり」とした。宮崎安貞(1623~1697)は、広島の人で福岡藩士として勤めた後、職を返上して自分で農業に従事した。40歳を越えて、近畿から中国・四国・九州を歩き回り、老農を訪ねて農業研究に没頭した。そのライフワークは『農業全書』(1697)として結実した。いま読んでも素晴らしい本である。

 丹波生まれの思想家・石田梅岩(1685~1744)は、京都で、孔孟の教えによって「倹約」を説いた。士農工商の末席にある商人の社会的役割を支持したので、商人に人気を博した。18世紀、近江商人は行商から頭角を現す。「正直と倹約」、「報恩」、「自利他利」などをモットーとした商人道が形成された。いまでも、滋賀県あたりでは「おきばりやす」と激励する。これは始末することと精出すことを意味している。

 労働観とは少し異なるが、八戸の町医者・安藤昌益(1703~1762)は、「自然世」(誰もが農業に従事する)を理想として掲げ、万人平等を説いた。現実社会は「法世」である。それは上下差別の世である。法世を支えるのが儒教・仏教の教説だと批判した。これは、パウロの主張と重なるように思える。

(3)近代資本主義

 資本主義誕生以来の近代社会と労働について考えよう。

 社会的生産は商品・貨幣経済として展開される。労働は社会的なものであり、労働の結果=経済的価値は、消費価値として表される。商品価値とは、交換価値であり、商品の価格である。資本主義が育つ過程で、経済は、商品・貨幣経済として発展した。

 18世紀に入って、勤労観を一言でいえば「勤労は、富の自然の鉱山であり、一切の輸出用品の資源である」という。「もし、人々が勤労の習慣を身につけていない状態で、生活必需品が安価であれば、それは怠惰を奨励する」、「怠惰は処罰されるべきだ」として、まさに「働かざる者食うべからず」の思想を地でいくものであった。

 一方、「華美に流れず貯蓄するような人は、物惜しみせず、友人を世話するとか、貧民のために賢明な慈善の道を講じてやる。みんなが少しずつ生活向上すれば1人が多くの消費をするよりも、社会全体の消費が向上する」として、経済の矛盾は慈善的行為によって克服できると考えていた。当時の社会では、金持ちは評判が悪かった。彼らは貪欲に儲けようとするかと思えば濫費し、奢侈におぼれ、貧者に対しては傲慢である。これらが悪徳とされていた。

 『蜜蜂物語』(1714)を著したのはB・マンドヴィル(1670~1733)である。マンドヴィルは、悪徳の効果を主張した。金持ちが「貪欲・濫費・奢侈・傲慢」であるのは事実だが、その結果、貧者は仕事にありつける。つまり、個人としての「悪徳が公共的には便益をもたらす」と転回したのである。蜜蜂がブンブン飛び交って不満たらたらみたいであるが、結果的には立派に蜜を集める。ブンブン不平を鳴らしている間は、社会は繁栄するという例えである。

 A・スミス(1723~1790)はこれにヒントを得た。

 「自分たちが食卓に就くために、パン屋や肉屋の仁愛に期待するわけではない。彼らが利益を上げたければ、それにふさわしい商品を提供するはずだ」

 有名な『諸国民の富』(1776)では、「自分自身の生活をよりよくしようとする各人の自然的努力は――極めて強力な原理なのであって、それさえあれば社会を富と繁栄に導くことができる――」という考えに至った。

 資本家と労働者がそれぞれくっきりした姿を現した。

 資本家は、「生産手段・生産材料・資本」を有する。

 賃金労働者は、労働を消費して商品を生産する。そして賃金と交換する(これは「労働力を売る」のであるが、労働力概念はまだ登場していない)。商品の価値は社会的に平均的な労働量に基づくと考えていた。

(4)労働価値説

 まず価値とは何か。

 価値には、使用価値と効用価値の2面がある。

 使用価値は、モノ(サービス)の有用性であり、人間の欲望を満たすことができる性質である。効用価値は、モノ(サービス)の価値は、個々人が主観的に評価する効用の価値である。ならば、価値は個々人の主観によって左右される。最近は、お店で値切り交渉する場面がないが、値切り交渉はお客が使用価値・効用価値を押し出しているわけだ。

 商品価値は、それらを包含して、社会的・客観的に平準化されねばならないし、現実の商品価値はそのようになっているであろう。

 労働価値説というのは、生産に要した労働量によって、商品価値が決まるとする考え方である。労働の質が等しければ、同一労働時間によって、使用価値が等しい。

 労働価値説のハシリは、W・ペティ(1623~1687)とされる。ペティの「労働は富の父であり、土地はその母である」(1662)という言葉が有名である。これは、A・スミス『諸国民の富』の114年前である。

「商人はもともと何も生み出さない。ただ貧民の労働に対して互いに賭け合う一種の賭博師であり、不生産的である」。貧民に負う農業・工業労働こそが価値を生むと主張した。

 そして、彼の場合は国家財政に最大関心があったのだが、「人民の一致結束、勤勉、従順こそ社会の安寧、もって人民各自の幸福をもたらす」とした。

 経済学者ではないが、J・ロックは『統治二論』(1690)で、「パンがドングリに比べて、ワインが水に比べて、毛織物や綿布が木の葉や苔に比べて価値が多い分は、すべて労働と勤労(industry)とに負うのである」と指摘した。J・ロックによって、「労働」という言葉が、近代資本主義的賃労働に充当する概念として登場したとされる。

 A・スミスの『諸国民の富』(前述)は経済学の古典中の古典とされる。

 研究目的は、「人民と主権者を共に富ませること」「労働生産こそが富の源泉」であるという視点である。特筆すべきは、「分業」に対する考え方である。生産諸力における最大の改善は、職人の共同労働(joint labor)にあると主張した。

 大学にはまだ経済学がなかった。

 A・スミスは、自由主義経済を主張した。国家による「経済外の統制」を厳しく批判している。当時は、重商主義(mercantilism 15世紀半ばから18世紀半ば)であるが、A・スミスは、特権商人層と権力者が結託して経済を歪めていることを鋭く批判した。

 また、スミスの哲学的立場は、理神論(deism)である。自然や人間世界の合理的・科学的認識と有神論の調和を図る考えであるから、今日的合理主義ではない。そこで、有名な「神の見えざる手」(the invisible hand of God)が登場する。政治的社会的な統制や妨害がなければ、神の予定調和、すべてが落ち着くところへ落ち着くと考えたのである。

 労働の考え方についてみると、

 支配労働説が登場する。商品の価値は、それによって購入し、または支配しうる労働量に等しいという。

 また、投下労働説というのもある。人間労働が商品を作る。商品生産には「労役と苦心」(toil and trouble)を必要とする。だから、一定量の労働を含んでいる商品は同量の労働を含む商品と交換されると考える。

 そして、労働は、すべてのものに対して支払われた最初の価格=「本源的な購買貨幣」(original purchase-money)である。「労働はあらゆる商品の交換価値の基礎をなし、その真実の尺度である」というのである。

(5)『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1904)

 M・ウェーバー(1864~1920)の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1904/1905)を忘れてはいけない。

 カトリシズムの労働観によれば、労働よりももっと高度な生活方法があるという考え方が支配的であった。修道院では自給自足を目指したが、その意義は、生活の必要の充足よりも贖罪のために働くというのであった。

 M・ルター(1483~1546)の「宗教改革」は誰でも知っている。その職業観は、職業を神への義務・使命(Beruf 独)とした。そして、職業労働こそが、神のいう隣人愛(agape)に通ずるとした。「働かざる者食うべからず」よりもさらに一歩職業の価値観に踏み込んだ。

 J・カルヴァン(1509~1564)の「清教徒革命」も有名である。彼の発想は、社会の全体的秩序を合理的構成に向けて編成するべきで、それが神の栄光であるとする。そこで、神に「選ばれた者」は禁欲的労働生活をするべし。そして隣人愛をこそ追求せよという。金貸しや守銭奴に対しては否定的で、社会に奉仕する仕事をせよと主張した。

 ウェーバーは、近代西欧においては、禁欲的プロテスタンティズム(ethos 現実を生きていく心的態度)によって、生産力を拡充し、富裕になる。富裕は禁欲的プロテスタンティズムの高邁な生活の結果である。ここでは営利心は否定されない。これが資本主義的精神として発展したと考えた。

 しかし、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が書かれた20世紀初頭は、ウェーバーが研究した時代とは異なっていた。同書の末尾は、「精神のない専門人、心情のない享楽人、この(こころ)なき者は、かつて達せられたことのない人間性の段階にまですでに登りつめたと己惚れるのだ」という辛辣な皮肉で締めくくられている。すでに神様が金様に代っていた。

(6)疎外される労働

 『精神現象学』(1807)は、G・ヘーゲル(1770~1831)の著作である。

G・ヘーゲルは、労働概念によって人間精神の発展を解明しようとした。労働から「疎外」(Entfremdung)概念を引き出した。

 a 仕事をすることは、自己を対象化するのである。自分が頭の中で考えていることを、作業を通して具体化する。(画家が絵画を描く)

 b 自己と制作物は別個のものとなる。これを自己疎外とする。(絵画は1つの存在として独立する)

 c 自己と制作物との関係からさらなる高みをめざす。理性の発揮。これを止揚とする。(画家がさらなる絵画に挑戦する)

 いかに優れた腕をもっていても、自己を対象化(ものを制作する)しなければ何も生まれない。そこで制作したものは自分の作品であるが、にもかかわらず自分ではない。これが「疎外」である。

 だから、労働は自覚過程(自己意識の形成・発展)である、という着眼である。自己がAで、制作物がBである。次にAが制作するのは、Bを制作したときのAでも、Bでもなく、さらに進化したCを制作する。意見と反対意見との対立矛盾を通じて、より高い段階の認識に至る。弁証法の展開である。

 『キリスト教の本質』(1841)を著したのはL・フォイエルバッハ(1804~1872)である。キリスト教と国家権力の癒着という時代背景において、L・フォイエルバッハもまた弁証法的展開をした。

 いわく、神を作ったのは人間ではないか。その神の言う通りにせよというのは、人間が作ったものに従属するという奇妙な事態になる。そこで、これを「疎外」とした。対象化したものが主人になって人間が従属するのだから、自己疎外である。

 L・フォイエルバッハは、神学的解釈に人間をはめ込むのではなくて、人間を主人公とせねばならないという、大きな転回をやってのけた。神学ではなく、人間学(Anthropology)こそが大事だというのである。

 私流に考える。人間が社会を作った。ところが、人々は自分たちが作った社会に従わざるを得ない。まさしく「疎外」である。画家と絵画の関係では、画家は次なる絵画は以前のものより高い段階のものを描こうとする。それにならえば、政治的・経済的・社会的疎外は実践によって回復(止揚)するしかない。

 もう一つ、違った表現をしてみよう。

 わたしは、気が付けば生まれていた。わたしが生まれたところは、わたしが求めていたのではない。気が付けば、ある状況に放り込まれていた(被投企)。ここまではわたしの意志によるのではない。

 わたしは、この状況で生きていかねばならない。今度はわたしの出番である。この状況で生きるために、わたしは何らかの選択をして、自分で乗り出さなくてはならない。今度は、わたしが、私自身を状況に向かって放り出すことになる(被投企の投企)。

 今回はここまで。次回は、「疎外される労働」と、「労働力商品」(労働ではない)、「賃金論」を展開する。


奥井禮喜
有限会社ライフビジョン代表取締役 経営労働評論家、OnLineJournalライフビジョン発行人